変形性関節症は、関節の軟骨が破壊され、骨がリモデリング(作り替え)され、滑膜(関節を包む膜)に慢性的な炎症が生じるなど、関節が本来の形や機能を保てないまま修復され、その結果として関節全体の構造が変化してしまう病気と考えられています。痛みと機能障害の主要な原因であり、世界的に見ても障害年数の大きな要因の一つです。
従来の変形性関節症に関する研究では軟骨の変性が注目されてきましたが、現在では軟骨の損傷度と痛みの重症度との間には弱い関係しか見られないことが知られています。このことから、変形性関節症による慢性的な痛みは、関節内の変化だけでなく、体の全体的なシステム、特に神経系の変化が関わっている可能性があるという視点が重要視されています。
今回は、慢性的な痛みの進行における自律神経系の潜在的な役割と、自律神経系を調節することで痛みを軽減する新たな治療法の可能性、そして鍼灸が果たせる役割についてご案内できればと思います。
慢性疼痛と自律神経系の密接な関係
自律神経系とは、私たちが意識しなくても自動的(自律的)に身体の各機能を調節くれる「神経の連絡網」です。主に、活動時やストレス時に働く交感神経系と、リラックス時や休息時に働く副交感神経系の2つの系統で構成されており、このバランスが体内の生理的、ホルモン的、そして感情的なバランスを反映しています。
自律神経系の調節不全と炎症
自律神経系は通常、痛みを感じる信号(侵害受容信号)のような急性のストレッサーに反応し、交感神経を活性化させて心拍数や血圧などを一時的に上昇させることで、ストレスに対応します。
しかし、変形性関節症のように痛みが慢性化すると、自律神経系と体のストレス応答を担う視床下部-下垂体-副腎軸(HPA軸)の機能に変化が生じることが、研究によって示唆されています。そしてその結果、自律神経のバランスが崩れ、全身の炎症反応が制御されにくい状態に傾くと考えられています。繰り返される信号(命令)によってストレスに対応する機構が疲弊し、失調をきたすと考えるとイメージしやすいでしょう。
例えば、副交感神経の主役である迷走神経は、抗炎症作用を持つアセチルコリンという物質の放出を制御することで、免疫系(マクロファージなど)の成熟を指示する役割を担っていますが、この迷走神経の機能が調節不全になると、体全体で炎症が十分にチェックされない状態に陥ると言われています。このような自律神経系の調節不全は、関節リウマチなどの他の慢性炎症性疾患でも確認されています。
変形性関節症の痛みと自律神経系との接点
慢性的な痛みの状態では自律神経系の機能が変化することが示唆されており、これは変形性関節症の進行と自律神経系の調節不全に潜在的な関連がある可能性を示しています。
変形性関節症の関節から繰り返し発せられる痛み信号は、脊髄を経由して脳幹にある「孤束核」や「中脳水道周囲灰白質」といった部位に伝達されます。これらの脳の部位は痛みの処理だけでなく、自律神経系の調節にも中心的な役割を果たしているため、繰り返しの痛み信号によって交感神経と副交感神経の働き方が互いに影響し合い、バランスが崩れるような変化も起こり得ると考えられます。
自律神経系を標的とした治療法の可能性
自律神経系が変形性関節症の痛みに深く関わっている可能性があることから、自律神経系のバランスを回復させることは、変形性関節症による痛みに対する新しい治療戦略につながる可能性があると議論されています。
迷走神経刺激療法(VNS)
迷走神経は副交感神経系の主要な神経であり、炎症性ホメオスタシス(恒常性)の重要な調節役です。迷走神経を電気的に刺激するアプローチは、強力な抗炎症効果を持つ可能性が示唆されています。
臨床研究の例として、関節リウマチ患者において迷走神経刺激療法が炎症と臨床スコアを低下させたことが報告されており、また、変形性手関節症の患者に対する経皮的耳介迷走神経刺激(耳介に電極を貼る非侵襲的な方法)に関する研究では、手の痛みと関節の圧痛、腫脹の程度を減少させたことが確認されています。
運動とマインドフルネス
自律神経系を調節する非薬理学的治療法は、変形性関節症の痛みを緩和する手段として活用できることが、複数の研究によって報告されています。
- 運動
適度な運動は、変形性関節症患者の体重を減らし、関節の安定性を高めるだけでなく、自律神経機能にも強い影響を与え、全身の炎症を改善し、ストレスに対する神経免疫応答を改善する可能性があります。 - 心理的介入
マインドフルネス瞑想や呼吸法などの心理的介入におけるメカニズムは、「自律神経系のバランス回復」が根底にあると仮説が立てられています。これらの実践は、ストレスを軽減し、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を最小限に抑えることで、自律神経のバランスを再調整し、結果的に痛みの知覚を下げている可能性があります。
鍼灸が自律神経系の調節に寄与し得ること
鍼治療は東洋医学において、気血の調和をはかることで病を整える手法として実践されてきました。近年の科学研究では、その作用の一部として、鍼による刺激が自律神経系を調節するメカニズムを持つ可能性に注目が集まっています。
心拍変動(HRV)から見る自律神経系調節効果
自律神経のバランスは、心拍のゆらぎを指標とする心拍変動(HRV)によって評価されます。とくに、低周波成分と高周波成分の比率である LF/HF 比がよく用いられます。
LF/HF 比の減少は、交感神経活動の抑制、あるいは副交感神経活動の相対的な増強を反映していると考えられており、実際にいくつかの研究で、鍼灸施術の後に LF/HF 比が低下する変化が報告されています。
経穴(ツボ)特有の作用の可能性
特定の経穴(ツボ)への鍼刺激が、自律神経系(ANS)の調節に関与する可能性が、いくつかの研究から示唆されています。
- 足三里穴
足三里穴は、東洋医学でも全身の健康維持に広く用いられる代表的な経穴です。
ラットを用いた「慢性寒冷ストレス」に関する研究では、足三里への電気鍼が、ストレスによって上昇するストレスホルモン(ACTH やコルチコステロンなど)を有意に抑え、副腎での交感神経系に関連する物質の増加も防いだとされています。これらの結果から、足三里への電気鍼には、ストレスによる HPA 軸(ストレス応答システム)と交感神経系の過剰な活性化にブレーキをかける作用がある可能性が考えられます。
さらに、人工的に急性炎症を起こしたマウスを用いた研究では、足三里への電気を流さない通常の鍼刺激(30 分間の鍼を刺したままにし、5分ごとに刺さった鍼を捻って刺激を与える方法)を行ったところ、脾臓や血液中にみられる炎症物質の代表である 炎症性サイトカイン(TNF-α など) の産生が低下したと報告されています。この抗炎症効果は、迷走神経の切断や、脾臓を支配する交感神経の遮断によって弱まることから、迷走神経と脾臓交感神経を介した神経経路が関与している可能性が示されています。 - 内関穴
患者を対象とした研究の中には、内関穴への鍼治療によって、心拍変動指標の一つである LF/HF 比が有意に減少し、自律神経バランスの変化を示したとする報告があります。
鍼灸による全身的な調節
鍼治療は、身体の局所的な変化(たとえば腱への血流増加)を引き起こすことが示されていますが、こうした変化は HRV 分析だけでは捉えきれない、より高次の中枢神経系レベルで制御されている可能性があります。
鍼刺激が局所の血流を増加させるだけでなく、全身の自律神経系を介して痛みの感覚や炎症反応を調節し得るとすれば、変形性関節症患者に対して「関節だけでなく全身」を視野に入れた治療戦略を考えるための足掛かりとなるやもしれません。
まとめ
- 変形性関節症の慢性疼痛は、単なる関節局所の問題ではなく、自律神経系の調節不全や、それに伴う全身の炎症反応、脳内での痛み処理との重なりが関与する「全身性の問題」として捉えられます。
- 自律神経系のバランスを整えるという考え方は、変形性関節症の痛みに対する新しい治療戦略のひとつとして検討されつつあり、薬物治療を補うアプローチとしても注目されています。
- 鍼灸は、古来より心身全体を整える治療法として用いられてきましたが、近年の研究では、心拍変動(LF/HF 比など)の変化を通じて自律神経のバランスに影響し、ストレス応答や炎症反応にも関わりうることが報告されています。
- 鍼灸によるアプローチは、自律神経系を介して全身の状態を整えつつ、痛みの緩和に寄与しうる手段として位置づけられます。
関節(骨)の変形や筋力の低下を鍼で元に戻すことはできませんが、今後、変形性関節症と自律神経系との関係がさらに明らかになれば、鍼灸を含む非薬理学的アプローチは、痛みのコントロールにとどまらず、全身状態の改善も視野に入れた「包括的な変形性関節症の管理」の一要素として、より明確に役割を担っていくかもしれません。
三重県津市のじねん堂はり灸治療院は、解剖学や運動学的な知識に基づいた鍼灸と機能訓練(運動)のほか、自律神経に働きかける鍼も得意としています。変形性関節症に伴う痛みにお悩みでしたら、ぜひ一度ご相談ください。
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