「鍼治療は心身の調子を整える」
このような言葉を耳にしたことがあるかもしれません。
三重県津市の鍼灸院であるじねん堂でも、日々の臨床の中で、この表現を使うことがあります。
実際、鍼治療によって痛みや消化器症状、睡眠の状態、あるいは気分などが改善する事例が、古くから数多く報告されてきました。症例報告や臨床試験も少しずつ蓄積され、疾患によっては、鍼灸院が臨床で用いることに十分妥当性があると言えるレベルのエビデンスが整いつつある領域もあります。
こうした臨床での経験と研究の蓄積を背景に、「なぜ鍼で体調が変わるのか?」という メカニズムの部分 に目を向けた研究が、マウスやラットなどの動物モデルも用いながら進められています。
近年注目されているものの一つが、腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう/腸内フローラ) の変化です。腸内細菌叢とは、人間の腸内に生息している多種多様な細菌の集まりのことで、食物繊維を分解して短鎖脂肪酸を作ったり、一部のビタミンを合成したり、病原菌の増殖を抑えたりと、消化や免疫、防御機能に深く関わっています。さらに、肥満や糖尿病などの生活習慣病、うつ病や不安症といった精神疾患にも影響する「一つの臓器のような存在」として研究が進んでいます。
2024年に Xu らは、動物実験を中心とした研究をまとめ、「鍼治療が腸内細菌叢のバランスを整え、その結果として消化器・代謝・精神・神経・循環器など多くの疾患に影響しうる」と報告しました。
今回は、 Xu(2024) の内容をもとに、鍼治療が腸内細菌叢にどのように作用すると考えられているのか、そして、どのような疾患で、どのような変化が報告されているのかを分かりやすく紹介します。
鍼治療による腸内細菌叢調整の基本メカニズム
鍼治療(手技による鍼刺激や低周波電気鍼など)は、特定の経穴(ツボ)を介して自律神経・内分泌・免疫系に影響を与えると考えられています。Xu(2024) にまとめられた動物実験の結果を整理すると、腸内細菌叢に関しては主に三つの方向からの作用が報告されています。
- 腸内細菌叢のバランスを整える作用
病気やストレスなどによって腸内細菌叢の構成に変化が起きる場合、一般に「有益な菌(いわゆる善玉菌)」が減り、炎症を促す菌や病原性の高い菌が増える傾向がみられます。動物モデルの研究では、鍼治療によって ラクトバチルス属という乳酸菌の一種や、短鎖脂肪酸を産生する菌など、有益とされる菌が増え、炎症に関わる菌が減少するという変化が報告されています。 - 腸の壁を守る「腸管バリア機能」を保護・修復する作用
腸の内面には、細胞同士が密に結びつくことで外部からの侵入を防ぐ「バリア」が存在し、この構造が壊れると、細菌や毒素(リポ多糖/LPS など)が血液中に漏れやすくなり、全身の炎症につながります。動物実験では、鍼治療によって腸粘膜の構造が保たれ、腸の“すきま”が開きにくくなり、炎症性物質が血液中へ入り込みにくくなることが示されています。 - 「腸脳相関(Gut–Brain Axis)」の調整を通じた作用
腸と脳は、自律神経(特に迷走神経)やホルモン、免疫シグナルを通して、お互いに情報をやり取りしています。足三里(ST36)などのツボへの鍼刺激は、動物実験で迷走神経の活動を高め、脳からの指令を通じて腸の運動や免疫反応を調整することが示されています。その結果、腸内の細菌にとって好ましい環境がつくられ、さらに整った腸内環境からのシグナルが再び脳に伝わる、という循環が生まれると考えられています。
このように、鍼治療は「腸内細菌の構成」「腸のバリア」「腸と脳の連絡経路」という複数の要素に働きかけ、その結果として全身への影響が生じる可能性があるのです。
疾患カテゴリー別の具体的効果
Xu(2024) では、多数の研究を整理し、鍼治療が腸内細菌叢を介して影響しうる疾患 を大きく 6 つのカテゴリーに分けています。レビューには、動物モデルとヒトを対象とした研究の両方が含まれますが、腸内細菌叢の変化まで詳しく調べたものは、現時点では動物モデルの比重が大きくなっています。
消化器疾患
最も直接的に腸内細菌叢と関わる領域です。
- 潰瘍性大腸炎(UC)
潰瘍性大腸炎モデルの動物実験では、電気鍼によって、Lactobacillus(乳酸菌)や Lachnospiraceae などの有益菌が増加し、炎症に関わる病原菌が減少するといった変化がみられたと報告されています。また、これに伴って、炎症を抑える制御性 T 細胞(Treg)と、炎症を促す Th17 細胞のバランスが整えられ、腸粘膜の修復が進みやすくなる可能性が示されています。 - クローン病(CD)
クローン病モデル動物の研究では、鍼治療によって、短鎖脂肪酸(SCFA)を産生する Roseburia などの細菌が増え、炎症を起こす方向に働く免疫のメッセージ物質(専門的には Th1/Th17 型サイトカイン)が低下するといった変化が報告されています。短鎖脂肪酸は腸の細胞のエネルギー源となり、炎症を抑える働きもあることから、病態改善に関与していると考えられます。 - 過敏性腸症候群(IBS)
IBS モデル動物の実験では、鍼治療によりFirmicutes と Bacteroidetes という二つの細菌グループの比率が健常に近づいたり、内臓過敏(少しの刺激で強い痛みを感じやすい状態)が軽減したりといった結果が報告されています。これには脳内のストレス関連ホルモン(CRF)や、自律神経の変化も関わっていると考えられています。 - 便秘(機能性・薬剤性など)
便秘モデルマウスでは、電気鍼によって腸の蠕動運動が促されるほか、Bacteroidetesが増加し、Firmicutesは減少するといった方向に腸内細菌叢が変化したと報告されています。これにより、排便が改善し、腸内環境も健常な状態に近づいたとされています。
精神疾患
精神疾患のモデル動物では、「脳腸相関」を通じた影響が検討されています。
- うつ病
うつ病モデル動物の研究では、鍼治療により、抗うつ作用と関連する Lactobacillus の減少が回復し、Staphylococcus(ブドウ球菌)の過剰な増加が抑制されたと報告されています。
その結果として、脳内のセロトニンや BDNF(神経栄養因子)など、気分を安定させたり神経の働きを保つ物質が出にくくなっていたところから元の状態に近づいたと考えられています - 不眠症
不眠モデル動物では、鍼治療によって睡眠を整えるホルモンであるメラトニンのレベルが上昇し、腸内では Lactobacillus の増加が確認されたと報告されています。腸内細菌叢の変化が、睡眠・覚醒リズムの調整に間接的に関与している可能性があります。
代謝性疾患
肥満や糖尿病などの代謝性疾患でも、腸内細菌叢を介した作用が検討されています。
- 肥満
肥満モデル動物の研究では、帯脈穴などへの鍼刺激により、体重と体脂肪量の減少や、Firmicutes を減らし Bacteroidetes を増加させる腸内細菌叢の変化がみられたと報告されています。
さらに、腸の防御因子であるディフェンシンの産生が促され、腸管バリア機能が保たれることで、炎症が起きにくい環境づくりに寄与している可能性が示されています。 - 2 型糖尿病
2 型糖尿病モデル動物の実験では、鍼治療により腸管バリア機能が強化され、炎症を引き起こすリポ多糖(LPS)が血液中へ漏れ出しにくくなるといった変化が報告されています。
これにより全身の慢性炎症が抑制され、インスリン抵抗性の改善につながる可能性が指摘されています。 - 非アルコール性脂肪肝(NAFLD)
NAFLD モデル動物の研究では、鍼治療によってBlautia や Prevotella など、脂質代謝の改善と関連する菌が増加し、肝臓への脂肪蓄積や炎症が軽減したと報告されています。腸内細菌叢を通じて肝臓の代謝・炎症が調整される「腸肝軸」の一例と考えられます。
神経系疾患
パーキンソン病やアルツハイマー病など、神経変性疾患との関連も主に動物実験で検討されています。
- パーキンソン病
パーキンソン病モデル動物の研究では、鍼治療により抗炎症作用を持つ Butyricimonas などの菌が増加したほか、中枢神経系の炎症が抑制され、運動機能が改善したと報告されています。
迷走神経を介した抗炎症経路が関与している可能性が高いと考えられています。 - アルツハイマー病
アルツハイマー病モデル動物では、鍼治療によって認知機能(記憶・学習能力)の改善やアミロイド斑に関わる炎症経路(TLR4/NF-κB)の活性低下がみとめられました。 - 脊髄損傷
脊髄損傷モデル動物では、損傷後に増加しやすい Proteobacteria(炎症と関連する菌)の増殖が、鍼治療によって抑制されたと報告されています。腸内細菌叢の乱れ(ディスバイオシス)を是正することで、全身の炎症反応を和らげる可能性が示されています。
心血管疾患
心血管系についても、主に動物実験で次のような結果が報告されています。
- 虚血性脳卒中
虚血性脳卒中モデル動物の研究では、鍼治療によって、脳虚血後に生じる腸内細菌叢の乱れが改善したり、神経保護作用を持つとされる Treg 細胞が活性化したりといった変化があったと報告されています。脳と腸が炎症・免疫を通じて相互に影響し合っていることを示す例といえます。 - 高血圧
高血圧モデル動物では、鍼治療により血圧の低下や炎症を誘発する Escherichia–Shigella の減少が観察されたとする報告があります。腸内細菌叢の変化を介して、血管の炎症や緊張状態に影響している可能性があります。
その他の疾患
その他にも、がん関連症状や整形外科領域の疾患に関する動物実験が報告されています。
- がん関連(化学療法に伴う症状など)
がんモデル動物や抗がん剤投与モデルでは、鍼治療がT 細胞をはじめとした免疫機能のバランスを整えるたり、化学療法による疲労感などの副作用や、治療に伴う腸内環境の悪化を緩和したりといった結果が報告されています。 - 変形性関節症(OA)
変形性関節症モデル動物の研究では、鍼治療による痛みの軽減とともに、Agathobacter などの有益菌の増加が確認されたと報告されています。関節局所の炎症だけでなく、腸内環境の改善が痛みの感じ方に影響している可能性も考えられています。
重要なメカニズム:迷走神経と炎症抑制
Xu(2024) の結論部分では、ここまで見てきた多彩な効果をつなぐ鍵として、迷走神経の役割が強調されています。
まず、鍼刺激と迷走神経の関係についてです。足三里穴など特定のツボへの鍼刺激は、動物実験で迷走神経の活動を高めることが示されています。迷走神経は、脳と内臓(心臓・肺・消化管など)をつなぐ大きな神経であり、心拍・血圧・消化・免疫など、多くの機能を調整しています。鍼刺激によって迷走神経の活動が変化することで、内臓の働きや全身の反応も変わり得ると考えられています。
次に、「コリン作動性抗炎症経路」と呼ばれる仕組みです。迷走神経が活性化されると、脳の孤束核などの中枢を介して、全身の免疫細胞に対して「炎症を抑えなさい」というシグナルが送られます。このとき、アセチルコリンやドーパミンといった神経伝達物質が放出され、TNF-α や IL-1β などの炎症性サイトカインの産生が抑制されることが、基礎研究で示されています。簡単にいえば、迷走神経が、いわば「炎症のブレーキ役」として働いているというわけです。
さらに、迷走神経と腸内細菌叢との間には双方向のやり取りがあります。迷走神経の働きが整うことで、腸の運動や分泌、血流、免疫反応がバランスよく保たれ、その結果、腸内に棲む細菌にとって好ましい住環境が整い、腸内細菌叢全体のバランスも安定しやすくなると考えられています。一方で、整った腸内細菌叢からは短鎖脂肪酸などの代謝産物が作られ、それらが血液や神経を通じて脳に届き、気分やストレス反応、疼痛の感じ方などに影響を与えると考えられています。
このようにXu(2024) では「鍼刺激 → 迷走神経の活性化 → 免疫・炎症の調整 → 腸内細菌叢と脳への影響」という一連の流れが、鍼治療の作用を理解するための大きな枠組みとして整理されています。これは、鍼治療と腸内細菌叢、そして全身の疾患とのつながりを考えるうえで、重要な視点のひとつと言えるでしょう。
結論:現時点で言えることと、じねん堂のスタンス
ここまで見てきたように、Xu(2024) にまとめられた研究では、鍼治療が腸内細菌叢のバランスを整え、腸管バリア機能を守り、迷走神経を介した抗炎症経路を活性化することで、全身の炎症や免疫・代謝・神経機能に影響を及ぼし得ることが示されています。その結果として、消化器疾患や代謝性疾患、精神疾患、神経疾患、心血管疾患、がん関連症状、整形外科疾患など、非常に幅広い領域での「改善の可能性」が報告されています。これが Xu(2024) の要旨です。
ここで重要なのは、たとえこのレビューの中で「鍼治療が腸内細菌叢のバランスを整える」とされていても、「鍼治療 → 特定の菌(たとえばラクトバチルス)の増加 → 症状の改善」という一本線の因果関係を、そのまま言い切れる段階ではない、という点です。
多くの研究では、「鍼治療を行ったあとにラクトバチルスなどの有益菌が増える」のと同じタイミングで、「炎症が落ち着いたり、症状や行動(不安・うつ様の状態など)が改善する」といった変化が観察されています。
しかし、こうした変化が「菌の変化こそが症状改善のすべてを説明している」のか、あるいは「自律神経やホルモン、免疫の変化によって引き起こされた、並行して起きる複数の結果のひとつにすぎない」のかについては、まだ完全には解明されていません。
たしかに、腸内細菌を人為的に変化させて、その状態で鍼治療を行った場合と行わなかった場合の効果を比べたり、鍼治療を受けた動物の腸内細菌を別の動物に移植して、その受け手側の症状がどこまで変わるかを調べたりといった研究もあります。これらの中では、腸内細菌叢が鍼の作用の一部を仲介している可能性がかなり高いことが示されています。しかし、それでもなお、「鍼の効果 = 腸内細菌叢の変化だけによる」とまでは言えない、というのが正直なところです。
鍼治療そのものは、すでにさまざまな疾患で臨床研究や症例報告が蓄積している治療法である。
その「効き方の一部」を腸内細菌叢という切り口から理解しようとする研究が、いま発展しつつある。
このように捉えるのが妥当でしょう。
現時点では、医師による標準治療を土台とし、それを補う療法の一つとして鍼灸を位置づけるのが適切と思われます。三重県津市のじねん堂はり灸治療院では、腸内細菌叢や自律神経、免疫、ホルモンなどの研究を踏まえつつ、お一人お一人の体調や治療歴に合わせて、「全身のバランスを整え、自然な回復力が働きやすい状態をつくる」ことを目標に施術を組み立てています。
今の治療に加えて、腸や自律神経、免疫のバランスに目を向けたアプローチを取り入れてみたいと感じられる場合には、主治医と相談しながら、鍼灸院にも一度ご相談いただければと思います。
【参考文献】
Xu H, Luo Y, Li Q, Zhu H. Acupuncture influences multiple diseases by regulating gut microbiota. Front Cell Infect Microbiol. 2024 Jul 8;14:1371543.
An J, Wang L, Song S, Tian L, Liu Q, Mei M, Li W, Liu S. Electroacupuncture reduces blood glucose by regulating intestinal flora in type 2 diabetic mice. J Diabetes. 2022 Oct;14(10):695-710.
Wang L, An J, Song S, Mei M, Li W, Ding F, Liu S. Electroacupuncture preserves intestinal barrier integrity through modulating the gut microbiota in DSS-induced chronic colitis. Life Sci. 2020 Nov 15;261:118473.
Bao C, Wu L, Wang D, Chen L, Jin X, Shi Y, Li G, Zhang J, Zeng X, Chen J, Liu H, Wu H. Acupuncture improves the symptoms, intestinal microbiota, and inflammation of patients with mild to moderate Crohn’s disease: A randomized controlled trial. EClinicalMedicine. 2022 Feb 12;45:101300.

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