妊娠を拒む免疫の壁 ~繰り返す流産と鍼灸の可能性~

 体外受精や人工授精を経ても、なかなか妊娠が成立しない。あるいは、ようやく妊娠しても初期に流産を繰り返してしまう。
 いわゆる不育症と呼ばれる状態においては、子宮の形態異常や血液の凝固異常、染色体の構造異常といった“明らかな原因”が特定されることもありますが、それらがすべて除外されてなお、原因不明のまま流産や着床不全を繰り返すケースも少なくありません。このような状態の背景には予てから「免疫のアンバランス」の存在が指摘されており、実際にその免疫の状態を測定し、治療に役立てようとする試みも行われています。

 この記事では、まず最新の研究として黒田ら(2021)の報告を紹介し、次に鍼灸が免疫に及ぼす影響を探った栗林ら(2005)の論文を取り上げ、最後に、両者から導き出される「不育症における鍼灸の可能性」について考察していきたいと存じます。

三重県津市の鍼灸院「じねん堂はり灸治療院」では、不妊に対する鍼灸施術について【こちらのページ】で詳しくご案内しています。

目次

妊娠と免疫:Th1/Th2バランス

 私たちの体には、細菌やウイルス、異物などから身を守るための免疫システムが備わっています。この免疫は、単に強ければ良いというものではなく、状況に応じて適切に調整されていることが重要です。
 とくに妊娠のように、半分が自分以外のもの(父親由来の遺伝子)で構成されている存在、つまり胎児を受け入れる必要がある状況では、母体側の免疫が胎児を攻撃しないように働きを抑えることが求められます(免疫寛容)。
 この調整の一端を担っているのが、ナイーブT細胞(未分化のCD4陽性T細胞)から分化するTh1細胞とTh2細胞という免疫細胞です。

 Th1細胞は、主に細胞性免疫(ウイルスや腫瘍細胞の排除など)に関与し、インターフェロンγ(IFN-γ)という炎症性サイトカインを分泌します。IFN-γは「免疫系の警報装置」のような働きを持ち、他の免疫細胞を活性化する強力なシグナル物質です。
 一方、Th2細胞は、液性免疫(抗体産生など)に関与し、インターロイキン4(IL-4)などのサイトカインを分泌します。IL-4は抗体を作るB細胞を活性化させるほか、炎症反応を促進するサイトカインの産生を抑える方向にも働くため、妊娠維持において重要な因子とされています。

サイトカイン:
免疫細胞間で情報をやり取りするためのシグナル分子で、いわば免疫系の“言語”のようなものです。特定の細胞がサイトカインを放出すると、他の細胞の働きが高まったり抑えられたりします。

 Th1とTh2は、サイトカインを介して互いに抑制しあう関係にあります。
 Th1が産生するIFN-γは、ナイーブT細胞がTh2に分化するのを抑え、既存のTh2細胞の働きも抑制する一方で、Th2が産生するIL-4は、ナイーブT細胞のTh1への分化を妨げ、Th1系サイトカイン(たとえばIFN-γ)の産生を抑えるといった具合です。
 このように、免疫応答においては常にTh1とTh2の“綱引き”が行われており、どちらか一方に偏りすぎると病的な状態に陥ることがあります。たとえば、Th1が優位になりすぎると、 慢性炎症、自己免疫疾患、着床障害流産のリスクが増加し、Th2が優位になりすぎるとアレルギー疾患のリスク増加してしまいます。
 妊娠においては、Th1型の免疫応答が抑えられ、相対的にTh2型の免疫反応が優位になることで、胎児を異物と見なさず受け入れる“免疫寛容”の状態が維持されると考えられています。もちろんTh2優位に傾きすぎては問題がありますので、相対的に優位な状態にあることが重要となります。

【論文紹介】Th1/Th2比の上昇に伴う着床不全および妊娠喪失の増加

 黒田らは2021年に、繰り返す流産・着床不全とTh1/Th2比の関係について報告しました。その要点をお示しします。

研究の概要

 不育症や反復着床不全を有する女性におけるTh1/Th2細胞比の異常と妊娠転帰との関連を、146名の患者データをもとに検討しました。

対象群は次のとおりです。

  • RIF群(胚移植を3回以上行っても妊娠に至らなかった女性):79名
  • RPL群(2回以上の流産歴を有する女性):81名
  • 一般不妊群(IVF未経験で妊娠歴が少ない女性):40名
  • 対照群(健常妊娠歴のある女性):45名

主な結果

 RIF群およびRPL群では、Th1細胞の割合が高く、Th2細胞の割合が低い傾向があり、結果としてTh1/Th2比が上昇していました。特に、Th1/Th2比が15.3以上と健常群よりも高い値を示した女性の割合は、RIF群およびRPL群で25%以上に達していました。
 一方、一般不妊群および健常群では、Th1/Th2比に大きな偏りはなく、妊娠率との明確な関連も認められませんでした。

考察

 報告では、次のような考察が為されていました。

  • 「胚移植を複数回繰り返しても着床しない」「2回以上の流産歴がある」といったケースでは、Th1/Th2バランスの偏りが関与している可能性がある。
  • ビタミンD欠乏とTh1/Th2比の異常との関連も指摘されており、栄養状態も含めた包括的な評価の必要性がある。
  • Th1/Th2比が高値であっても、治療介入なしで妊娠・出産に至るケースも報告されており、「Th1/Th2比=不妊」という単純な図式にはならない。

 この研究は、「なぜ妊娠が継続しないのか」という問いに対して、免疫という“見えない要因”が深く関わっている可能性を提示しており、今後の治療選択の一助となる重要な知見といえます。

【論文紹介】鍼と免疫

 次に、鍼刺激が免疫に与える影響について、栗林らによる2005年の報告を紹介します。

研究の概要

 栗林ら(2005)は、鍼刺激が免疫応答に与える影響について、複数の基礎研究の結果を整理・考察しています。その中で紹介されている一つの研究では、健常成人に鍼刺激を加え、その前後で末梢血中の白血球(リンパ球)を採取し、インターロイキン1β(IL-1β)、インターフェロンγ(IFN-γ)、インターロイキン4(IL-4)といったサイトカインを産生する細胞の割合を測定した結果が示されています。

IL-1β
炎症を引き起こす代表的なサイトカインのひとつで、発熱や免疫細胞の活性化を誘導します。過剰に分泌されると慢性的な炎症や組織損傷の原因となります。

IFN-γ
主にTh1細胞が分泌するサイトカインで、免疫系の“警報装置”のような役割を持ち、他の免疫細胞を活性化します。細胞性免疫の中心的因子です。

IL-4
主にTh2細胞が分泌するサイトカインで、B細胞による抗体産生を促すほか、Th2への分化を誘導します。妊娠維持に関与する反面、過剰になるとアレルギー疾患にも関与します。

主な結果

 鍼刺激後、IL-1β、IFN-γ、IL-4を産生する白血球の割合が有意に増加しました。つまり、体内でこれらの“免疫の伝令物質”を出す細胞が一時的に増えたことが示されました。
 特に注目すべきは、炎症性サイトカイン(IL-1β、IFN-γ)と、Th2系サイトカインであるIL-4を産生するそれぞれの細胞が同時に増えた点です。IL-4は、状況によっては炎症に関与することもありますが、IL-1βやIFN-γなどの産生を抑制する働きも持っています。こうした結果は、鍼刺激が免疫系全体を調整しようとする反応を引き起こしている可能性を示唆しています。

考察

 報告では、次のような考察が為されていました。

  • この研究からは、鍼刺激が末梢免疫細胞のサイトカイン産生に影響を与えるという事実が明らかになった。
  • 炎症促進と抑制の両面の応答が観察されたことから、鍼灸は「免疫の偏りを是正し、バランスを整える」方向に作用する可能性がある。
  • 近年注目される「神経—免疫相関(自律神経を介して免疫系が調整される仕組み)」においても、鍼刺激は交感神経や迷走神経を通じた間接的な免疫調整機能を担っていると考えられている。

2つの研究から見えてくること

 黒田ら(2021)の研究では、流産や着床不全を繰り返す女性において、Th1/Th2バランスの乱れ(特にTh1優位)が観察されました。これは、胎児を排除しようとする免疫反応が強まってしまっている可能性を示唆します。
 一方、栗林ら(2005)の研究では、鍼刺激が炎症促進・抑制の両側面に働くサイトカイン(IL-1β、IFN-γ、IL-4)の産生細胞を増やすという結果が得られました。これは、「鍼灸が免疫を単に活性化するのではなく、全体として“整える”方向に作用する」ことを示していると考えられます。

 これらを重ね合わせると、以下のような可能性が浮かび上がります。

  • 妊娠が成立しにくい背景に、Th1系に偏った免疫状態がある場合
  • 鍼刺激によって、IL-4のような「Th1系サイトカインの産生を抑制するサイトカイン」を産生する細胞が増える
  • その結果、Th1/Th2のバランスが調整される方向に働く

 もちろん、これらの研究だけで「鍼灸で不育症が改善する」と結論づけることはできません。黒田らの研究では、Th1/Th2比が高くても妊娠・出産できる人も存在し、栗林らの研究もあくまで健常人に対する一時的な変化を示したものであり、長期的な免疫調整効果までは明らかにしていません。
 とはいえ、「妊娠が成立しない/続かない理由のひとつとして免疫のアンバランスがあること」「鍼灸がそのバランスに働きかける可能性を持つこと」は、いずれも臨床上無視できない視点です。今後さらに、不育症患者を対象にした鍼灸の免疫学的研究が進めば、より実践的な指針が打ち出されるかもしれません。

 以上のような免疫学的背景を踏まえると、鍼灸は全身の免疫バランスに働きかける治療手段として、不育症のような免疫的要因をもつ症状に対しても応用の可能性を持つと考えられます。

おわりに|「免疫の視点」が、見えなかった道を照らすかもしれない

 妊娠の成立には、ホルモンや血流のほか、免疫の働きも重要な役割を果たします。近年では、Th1/Th2比などの免疫指標が注目され、実際に臨床検査として用いられるケースも増えてきました。
 今回紹介した2つの研究は、その免疫的指標と妊娠の関係、さらに鍼刺激が免疫応答に影響を与える可能性を、それぞれの立場から示しています。つまり、鍼灸が妊娠成立のメカニズムに対して、「免疫の視点から」科学的に関わりうることを示唆しているのです。
 三重県津市のじねん堂はり灸治療院でも、単に“体にやさしい”といった印象だけではなく、こうしたエビデンスを土台に、免疫調整の可能性に着目した鍼灸を提供しています。今後さらに研究が進むことで、「なぜ効くのか」に対する理解が深まっていくことが期待されます。

【参考文献】
Kuroda K, Nakagawa K, Horikawa T, Moriyama A, Ojiro Y, Takamizawa S, Ochiai A, Matsumura Y, Ikemoto Y, Yamaguchi K, Sugiyama R. Increasing number of implantation failures and pregnancy losses associated with elevated Th1/Th2 cell ratio. Am J Reprod Immunol. 2021 Sep;86(3):e13429.
栗林恒一, 笠原由紀, 田原壮平. 鍼と免疫. 全日本鍼灸学会雑誌. 2005;55(2):114-122.


費用

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