多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)は、生殖年齢の女性によく見られる複雑な内分泌・代謝疾患です。主な特徴には、慢性的な排卵障害、高アンドロゲン血症、多嚢胞性卵巣形態(PCOM)が含まれ、しばしば糖代謝や脂質代謝の異常を伴います。
これまでPCOSは「ホルモンの病気」として語られることが多かったのですが、近年、その発症や進行の背景に、自律神経系(ANS)のバランスの乱れが関わっている可能性が、数多くの研究で示されています。
今回は、Yu ら. (2024) のレビュー論文を中心に、PCOSと自律神経との関係を整理したうえで、「鍼灸ができること」「鍼灸と運動の併用による可能性」についてお示しできればと思います。
PCOSにおける自律神経系の役割
自律神経系は、交感神経系と副交感神経系から成り、血管の緊張、体温、心拍数、腺の分泌など、身体のほぼすべての臓器・組織の働きを自動的(自律的)に調整している仕組みです。
PCOS患者は自律神経系の機能障害を示し、具体的には交感神経系の活動が増加し、迷走神経(副交感神経)の活動が低下していることが臨床研究によって示されています。この交感神経と副交感神経の間の緊張の異常な増加または減少(バランスの乱れ)は、PCOSの発症と進行に関連している可能性を指摘されています。
卵巣機能への影響
哺乳類の卵巣機能は、視床下垂体-卵巣軸(HPOA)によるホルモン調節に加えて、自律神経系の影響も受けていると考えられています。
自律神経のうち「交感神経」からは、主要な神経伝達物質の一つである ノルエピネフリン(NE) が放出されます。NEは卵巣内のアンドロゲン(男性ホルモン)産生を刺激し、嚢胞性卵胞の形成を高める方向に働く可能性があると報告されています。
PCOS患者では、非PCOS女性と比べて卵巣内のアドレナリン作動性神経線維の密度が増加していることが示唆されており、このような交感神経活動の亢進が、PCOS特有の卵巣の変化に関わっていると考えられています。
代謝および炎症への影響
PCOSは、インスリン抵抗性や肥満といった代謝異常を伴うことが多く、自律神経の不均衡はこれらの代謝異常とも深く結びついていると考えられています。
- 脂肪組織との相互作用
自律神経は、脂肪細胞から分泌されるアディポカイン(アディポネクチン、レプチンなど)を介して、脂質代謝や炎症反応の調節に関与している可能性があります。
例えば、PCOSラットモデルでは、体毛を支配する交感神経支配が減少し、熱をつくる働き(熱産生活動)が低下していることが報告されていますが、一方で、低周波の電気鍼は褐色脂肪組織の交感神経支配を活性化させ、体重減少に寄与し得ることが動物実験で示唆されています。 - 炎症経路への関与
PCOS患者では、全身がごく軽い炎症状態(低度慢性炎症)にあると考えられています。自律神経系は、迷走神経を介した抗炎症経路や、脾臓交感神経を介した抗炎症経路などを通じて、炎症のブレーキ役として働く可能性があり、この仕組みの乱れもPCOSに関係していると考えられています。
これらの知見から、自律神経活動のバランスを整えることは、PCOSの症状や代謝リスクにアプローチする一つの方法になり得ると考えられます。
2.鍼灸ができること
鍼灸は、婦人科疾患や代謝性疾患のケアに長く用いられてきた伝統的な治療法です。
とくに 低周波の電気鍼は、PCOS患者の体重管理や自律神経活動の調整に良い影響を及ぼす可能性が報告されています。ここでは、自律神経との関わりに焦点を当てながら、「鍼灸が期待できるポイント」を整理します。
交感神経活動の抑制
臨床研究では、低周波の電気鍼を継続して受けたPCOS女性において、高まっていた筋交感神経活動(MSNA)のバースト頻度が減少したことが報告されています。 MSNAは、筋肉や筋肉の血管に向かう交感神経からの信号をとらえたもので、運動時やストレス時、筋疲労時に高まり、「体がどれくらいの緊張状態にあるか」を表す指標の一つとされています。
つまり、電気鍼によって交感神経の過剰な緊張が少し落ち着いた状態に近づいたと考えられます。
卵巣機能への間接的な影響
動物実験では、「卵巣に対応するツボ」に低周波の電気鍼を行うことで、卵巣への血流が増加することが示唆されています。この血流増加反応は、卵巣に向かう交感神経を介して起こっていることが分かっており、電気鍼が卵巣の交感神経活動を調整することで、間接的に卵巣機能を整えている可能性が考えられます。
また、DHT(ジヒドロテストステロン)誘発性PCOSラットでは、低周波の電気鍼により、腸間膜脂肪組織における交感神経活動のマーカー(NGFやNPYなど)の遺伝子発現が減少することも報告されています。これは、鍼灸が脂肪組織や卵巣へ向かう交感神経の「出力(流出)」を調整している可能性を示すものです。
代謝マーカーおよび身体組成への影響
低周波の電気鍼は、PCOS女性において「矢状腹部径(sagittal diameter)」と呼ばれる、お腹の前後の厚みを示す指標の減少に寄与したという報告があります。これは、内臓脂肪の減少と関連する指標と考えられています。また、低周波の電気鍼によって、遊離テストステロン(Free testosterone)のレベルが低下する可能性も示唆されています。
これらの結果は、鍼灸が代謝やホルモンバランスに対して、一定の良い方向の変化をもたらし得ることを示すものといえます。
鍼灸と運動の併用がもたらす可能性
運動療法は、PCOSの治療法として有効であることがよく知られています。とくに有酸素運動は、肥満を伴うPCOS患者において、心拍変動などの指標から、迷走神経(副交感神経)の働きを高め、過剰な交感神経の働きを落ち着かせることが報告されています。
また、自律神経の状態をより直接に評価できる指標として、筋交感神経活動(MSNA)を測定した研究もあります。PCOS女性を対象にした運動プログラムでは、このMSNAが低下し、同じ期間に体重やBMIも低下したことが報告されています。つまり、運動によって交感神経の過剰な緊張が少し落ち着いた状態に近づき、その変化が身体組成の改善とも結びついていた、と考えられます。
また、運動後の心拍数がどれくらい早く元に戻るかを示すHRR(心拍数回復:heart rate recovery)が改善すると、体重減少やインスリン抵抗性マーカーの改善とも関連している可能性が示されています。自律神経のバランスが整うことが、からだ全体の代謝状態の改善につながる一例といえるでしょう。
動物モデルを用いた研究では、「鍼通電」と「運動」を組み合わせることで、卵巣の形態が改善し(健康な前駆卵胞が増加するなど)、腸間膜脂肪組織におけるアンドロゲン受容体(AR)や交感神経マーカー(NPY、NGF)の遺伝子発現が低下するといった変化が報告されています。これは、鍼灸と運動がともに自律神経やホルモン環境、脂肪組織の働きに影響を与え、その結果として卵巣や代謝の状態がより良い方向へと整えられていく可能性を示すものです。
こうした知見を総合すると、鍼灸と運動はいずれも自律神経のバランスを整え、PCOSに伴うホルモン・代謝の乱れに働きかける手段となり得ます。さらに両者を併用することで、単独よりも大きな変化が期待できる可能性が動物実験レベルでは示されており、今後の臨床研究が待たれる分野といえます。
- 鍼をしたら痩せる?
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鍼だけで痩せられるとは考え難いです。
PCOSのラットを使った実験では、低周波の電気鍼で褐色脂肪という組織の働きが一時的に高まり、体重が減ったという報告があります。しかし、これはあくまでラットを用いた基礎研究であり、人間で同じ効果が出るかははっきりしていません。仮に人でも褐色脂肪が反応したとしても、どの程度・どれくらいの時間活性化するのかが分からず、体重が目に見えて減るほどエネルギー消費が増えるとは限りません。
また、鍼を用いた研究の中で「体重減少やBMIの低下」が起こったという報告もありますが、体重やBMIの変化そのものは、主に運動など生活習慣の改善による効果と考えられます。
鍼灸は、自律神経やホルモンのバランスを整え、むくみやイライラ、睡眠の質などを改善することで、運動や食事の工夫が実りやすい状態をつくる「縁の下の力持ち」と位置づけるのが妥当です。
さいごに
多嚢胞性卵巣症候群(PCOS)の症状や、そこに伴う代謝リスクには、自律神経のバランスの乱れが深く関わっている可能性が指摘されています。
今回ご紹介した研究は、動物実験や限られた臨床研究にもとづくものであり、すべての方に同じ効果が保証されるわけではありません。とはいえ、自律神経に働きかける鍼灸や、心身の状態を整える運動は、PCOSに伴う不調と向き合ううえで「もう一つの選択肢」になり得ます。
三重県津市のじねん堂はり灸治療院では、自律神経の調節に焦点を当てた施術を提供しています。特にPCOSに対しては、卵巣に対応するツボに低周波の電気鍼を用いることで、交感神経活動の調整や卵巣血流のサポートを目指した施術を行います。これに合わせて、患者一人ひとりの体力・生活スタイルに合わせた運動指導も行い、日常生活の中で続けやすい形で、鍼灸との相乗効果を引き出すことを大切にしています。
自律神経のバランスを整え、PCOSに伴う不調や将来のリスクを少しずつ減らしていくための一歩を踏み出してみませんか。気になることがあれば、どうぞお気軽にご相談ください。
【参考文献】
Yu Y, Chen T, Zheng Z, Jia F, Liao Y, Ren Y, Liu X, Liu Y. The role of the autonomic nervous system in polycystic ovary syndrome. Front Endocrinol (Lausanne). 2024 Jan 19;14:1295061.


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