円形脱毛症(Alopecia Areata: AA)は、ある日突然、頭皮や体に丸い脱毛斑が現れる病気です。一見すると髪の毛だけの問題に思えるかもしれませんが、実はこの病気は免疫システムの異常によって、自分の毛包(もうほう:髪を作る“工場”)が誤って攻撃されてしまう「自己免疫疾患」のひとつと考えられています。
では、なぜ免疫は、自分の髪を攻撃してしまうのでしょうか。
その背景には、遺伝やストレス、環境因子など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。そして近年、新たに注目されているのが、腸内環境、特に腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)との関係です。
本記事では、「腸と髪の毛の意外なつながり」、そして「鍼灸がそのつながりにどう関与する可能性があるのか」について、最新の研究をもとに解説していきたいと存じます。
円形脱毛症とは──免疫の誤作動が引き起こす脱毛
私たちの体には、細菌やウイルスなどの異物から身を守るための免疫システムがあります。本来この仕組みは、「自己」と「非自己」を見分け、攻撃すべき対象だけを選び出して対応します。
ところが自己免疫疾患では、この識別機能がうまく働かなくなり、自分の正常な組織を“敵”と誤認して攻撃することで、様々な症状を呈します。円形脱毛症ではその対象が「毛包」であり、免疫細胞が毛包を攻撃することで、髪が抜けてしまうのです。
本来、毛包には免疫攻撃から守られる「免疫特権(めんえきとっけん)」という仕組みが備わっており、通常は炎症が起きにくい構造になっています。しかし円形脱毛症では、この免疫特権が崩壊していることが報告されています。これが自己免疫反応の悪化と深く関わっていると考えられています。
腸内細菌叢と皮膚の意外な関係──「腸-皮膚軸」とは
私たちの腸の中には、数百兆個におよぶ細菌や真菌、ウイルスなどが共生しており、それを総称して「腸内細菌叢」と呼びます。腸内細菌叢は単なる“腸の住人”ではなく、栄養の吸収、ビタミンの合成、さらには免疫機能の調整など、「体の中のもうひとつの臓器」とも呼ばれるほど重要な役割を果たしています。
中でも注目されているのが、「腸-皮膚軸(ちょうひふじく)」という概念です。これは、腸内細菌が免疫細胞を介して皮膚の状態に影響を与えるというもので、実際に皮膚炎や乾癬(かんせん)、アトピーなどとの関連が示されています。円形脱毛症も例外ではなく、腸内細菌叢の異常(ディスバイオシス)がその発症に関与している可能性を指摘されています。
円形脱毛症と腸内細菌叢の関連:研究から見えてきたこと
近年の研究では、円形脱毛症患者と健康な人の腸内細菌叢を比較することで、いくつかの興味深い違いが明らかになってきました。以下のような点が報告されています。
腸内細菌の多様性が低下
円形脱毛症の患者は、腸内に存在する細菌の種類の豊かさ(多様性)が減少している傾向が見られます。また、それぞれの細菌がバランスよく存在しているかどうか(均等性)も低下しているとされます。
これは、腸内細菌叢が持つ本来の適応力や回復力が損なわれている可能性を示しており、体全体の免疫バランスにも悪影響を及ぼしていると考えられます。
特定の細菌群が増加
円形脱毛症の発症リスクと関連している可能性がある細菌群として、以下のような名前が挙げられています。
- Blautia(ブラウティア):自己免疫疾患との関連が報告されている腸内細菌で、円形脱毛症の患者でも増加が確認されています。腸内の炎症環境との関係が指摘されており、免疫調節に関わる因子として注目されています。
- その他、Clostridium E sporosphaeroides、Comamonas、Chromatiales、Leptospira、Parachlamydiales など。
これらはすべて「ディスバイオシス(腸内細菌のアンバランス)」の指標ともなりうる菌種であり、炎症や自己免疫の活性化と関連づけられています。
特定の細菌群が減少
腸内環境を健やかに保つうえで大切な「善玉菌」の一部が、円形脱毛症の患者において明らかに減っていることも分かっています。
- Coprococcus(コプロコッカス):酪酸(らくさん)という抗炎症性の短鎖脂肪酸を生み出す菌で、免疫の“ブレーキ役”である制御性T細胞(Treg細胞)の働きを助けると考えられていますが、円形脱毛症では、このTreg細胞の機能不全が指摘されています。コプロコッカスの減少は、自己免疫疾患との関連が多くの研究で示唆されています。
- その他、Phascolarctobacterium、Provencibacterium massiliense、Bacteroides A plebeiusなど。
これらは、腸内の抗炎症環境が弱まっている可能性を示唆しています。
腸内代謝物の変化
腸内細菌は、食物繊維やアミノ酸を分解して、さまざまな代謝物(メタボライト)を産生します。円形脱毛症の患者では、この代謝物の構成にも特徴的な変化が見られています。たとえば、分枝鎖脂肪酸のエステル類や分枝鎖アミノ酸の異常な増加、酸化ストレスの亢進(細胞にダメージを与える活性酸素などの増加)などです。これらはすべて、慢性炎症や免疫過剰反応の悪化に関係する要因とされています。
腸内細菌叢と円形脱毛症との関連性を示す興味深い例として、「糞便微生物叢移植(ふんべんびせいぶつそういしょく:FMT)」という治療法に関する話題があります。FMTは、健康な人の便(腸内細菌叢)を患者さんの腸に移植することで、腸内環境を改善しようとする治療法なのですが、実際に他の病気でFMTを受けた円形脱毛症患者さんの髪の毛が再生したという症例報告があるのです。このことは、腸内細菌叢のバランスを整えることが円形脱毛症の治療に役立つ可能性を示唆しています。
鍼灸が腸と免疫に働きかける仕組みとは?
鍼灸といえば、肩こりや腰痛など“局所の症状”に対して行うものというイメージが強いかもしれません。しかし実際には、鍼灸は自律神経系、免疫系、さらには腸内環境にも影響を与える可能性があり、近年その科学的なメカニズムが少しずつ解明されつつあります。
主なメカニズム
円形脱毛症のような自己免疫疾患における鍼灸の“間接的な支援作用”として、次のような経路が注目されています。
迷走神経を介した炎症のコントロール
私たちの体には、脳と内臓をつなぐ「迷走神経(めいそうしんけい)」という重要な神経があります。これは自律神経の一種で、内臓の働きを穏やかに保つ役割を果たしています。
鍼灸はこの迷走神経を刺激することで、「コリン作動性抗炎症経路」という体内の炎症抑制システムを活性化させることが分かってきました。この経路が働くと、炎症を引き起こすサイトカイン(TNF-αやIL-6など)の産生が抑えられたり、炎症を抑えるサイトカイン(IL-10など)の産生が促進されたりして、結果として、全身の免疫過剰状態が落ち着き、自己免疫による毛包への攻撃をやわらげる可能性があります。
腸管バリア機能の改善
腸は、栄養を吸収する一方で、有害物質や病原菌が体内に入るのを防ぐ「バリア」としての役割も担っています。このバリアが弱まると、腸の内容物が血流に漏れ出す“リーキーガット”という状態になり、全身の炎症や免疫異常を引き起こすと考えられています。
研究では、鍼灸が腸管の細胞同士をしっかり結びつける「タイトジャンクション(密着結合)」という構造の機能を高めることが報告されています。これにより、有害物質の腸管からの漏出が防がれ、結果として、炎症を誘発するリスクを軽減できることになります。このような腸内環境の安定化は、全身の免疫バランスの正常化にもつながります。
腸内細菌叢の構成に影響を与える
近年、鍼灸が腸内細菌叢のバランスそのものに影響を与える可能性も示されています。たとえば、脳卒中後の動物モデルや人間の研究では、鍼灸により乳酸菌やビフィズス菌といった“有益菌”が増える一方で、クロストリジウムや大腸菌などの“病原性のある菌”が減少したという報告があります。
これにより、腸内で短鎖脂肪酸(SCFAs)などの有用な代謝物が多く作られ、炎症を抑えたり、Treg細胞を活性化する効果が期待されます。
炎症性のシグナル伝達経路への間接的影響
円形脱毛症の発症には、次のような細胞内の情報伝達経路が関係しています。
- JAK-STAT経路:免疫応答を強める経路(治療薬も開発中)
- TGF-β経路:組織修復や免疫抑制に関わる
- Wnt/β-カテニン経路:毛包の再生や発毛に必要な経路
鍼灸はこれらの経路に直接作用するわけではありませんが、腸内細菌や迷走神経を介して、炎症性サイトカインの分泌やTreg細胞の誘導に間接的な影響を及ぼすことで、これらの経路にも二次的に影響を与える可能性があるとされています。
鍼灸が円形脱毛症の改善に働く可能性
これまでに述べた作用を総合すると、鍼灸には次に示すような円形脱毛症への間接的な作用が期待されています。
- 過剰な免疫反応の抑制(Treg細胞の活性化、炎症性サイトカインの抑制)
- 腸管バリアの修復(有害物質の侵入防止、全身性炎症の軽減)
- 腸内環境の再構築(ディスバイオシスの是正、SCFA産生菌の増加)
今後の課題と展望
現在のところ、鍼灸が腸内細菌叢を介して円形脱毛症に直接働きかけるという大規模な臨床研究はまだ不足しています。本記事で紹介した内容は、腸内細菌・免疫・皮膚疾患に関するさまざまな知見を統合した「推論」の段階です。
しかし、鍼灸が腸内環境を整え、免疫バランスを改善することで皮膚や毛髪の健康に貢献するという新たな視点は、これからの研究と臨床の橋渡しとなる可能性を秘めています。
まとめ:
今回は、腸・免疫・髪をつなぐ“体内のネットワーク”に注目することで、鍼灸の可能性を論じました。
- 円形脱毛症は、毛包が免疫の誤作動により攻撃される自己免疫疾患。
- 腸内細菌叢は、免疫や皮膚の健康と密接に連動する“もうひとつの臓器”。
- 鍼灸は、自律神経や腸内環境を通じて免疫調整に作用し、間接的に円形脱毛症に働きかける可能性がある。
- 今後の研究により、科学的根拠がさらに明確になることが期待される。
この記事が、円形脱毛症の補完的治療法を探す一助となれば幸いです。
【参考文献】
Bi D, Tey JT, Yao D, Cao Y, Qian M, Shi J, Guo S. The causal relationship between gut microbiota and alopecia areata: a Mendelian randomization analysis. Front Microbiol. 2024 Jul 12;15:1431646.
Nicole E. Burma, Michele L. Ramien. Cutaneous and Gut Dysbiosis in Alopecia Areata: A Review. JID Innovations. 2025 July;5(4):100363.
Liu Z, Liu X. Gut microbiome, metabolome and alopecia areata. Front Microbiol. 2023 Nov 15;14:1281660.
Nikoloudaki O, Pinto D, Acin Albiac M, Celano G, Da Ros A, De Angelis M, Rinaldi F, Gobbetti M, Di Cagno R. Exploring the Gut Microbiome and Metabolome in Individuals with Alopecia Areata Disease. Nutrients. 2024 Mar 15;16(6):858.
Xu H, Luo Y, Li Q, Zhu H. Acupuncture influences multiple diseases by regulating gut microbiota. Front Cell Infect Microbiol. 2024 Jul 8;14:1371543.
Xing H, Lin WJ, Hu WL, Cao JS, Cui LY, Lyu W, Zhu HK, Wu AJ, Xu QX, Zhao Y, Bao SY. Insights of acupuncture in modulating gut microbiota in stroke treatment. Front Neurol. 2025 Jun 30;16:1579585.
予約
059-256-5110
営業電話は固くお断りします
月~金 9時ー21時
土 9時ー15時
日曜休業・祝祭日不定休
ウェブ予約
予約ページは新しいタブで開きます
免責事項にご同意のうえ、ご予約ください
同業者(療術業)の予約はお受けできかねます
免責事項
鍼による施術は痛みや出血を伴う場合があります。また、以下のような場合、施術による変化が現れにくかったり、症状の“もどり”が早かったり、施術期間が⻑期に及んだり、施術することをお断りしたりすることがあります。鍼にはネガティブな側⾯があり、万能でもないことをご承知おきください。
構造上の問題による痛み
重篤な疾患による痛み
強⼒なあるいは多種の薬剤服⽤
⾼齢・衰弱による⽣理機能の低下
取り除けない物理的刺激要因
各種⼼理的要因
アクセス
〒514-1105 三重県津市久居北口町15-7
近鉄久居駅より徒歩15分/伊勢自動車道久居ICより車で5分
駐車スペース常時2台分あり
※看板がありませんのでご注意ください

