不妊症は、世界中の多くのご夫婦にとって大きな悩みであり、心身の負担を伴うことも少なくありません。そのようななかで、生殖補助医療(ART)、とくに体外受精・胚移植(IVF-ET)は、妊娠の可能性を広げる手段として広く用いられています。
一方で、「胚の選び方」や「治療のタイミング」など、多くの場面で専門医の判断に頼らざるを得ず、その判断は経験や感覚に左右される部分もあります。
そこで注目されているのがAI(人工知能)です。近年、AIは医療分野でも活用が進み、不妊治療においても胚の評価や妊娠予測といった重要な場面での利用が始まっています。
本記事では、最新のレビュー論文【Ouyang(2025)】をもとに、AIがIVFの現場でどのように活用されているのか、不妊治療に取り組む皆さまに向けて分かりやすく解説します。
なぜAIが注目されているのか?──IVFの課題と限界
体外受精-胚移植(IVF-ET)は、卵子と精子を体外で受精させた後、育った受精卵(胚)を子宮に戻す方法で、1978年にイギリスで世界初の「試験管ベビー」が誕生して以来、世界中で実施されています。
現在、IVFの1回あたりの妊娠成功率は40~50%程度、最終的な出産まで至る割合(生児出産率)は30%前後とされています。
なぜ、成功率が限られているのでしょうか。その主な理由には、次のような課題が挙げられます。
胚の評価が“経験と感覚”に依存している
胚を子宮に戻すかどうかの判断は、これまで主に胚培養士(胚を扱う専門職)の目視によって行われてきました。胚の細胞の数や形、分割の様子などを観察し、「質の高い胚」を選ぶのですが、この評価は非常に主観的です。
実際に、同じ胚を複数の専門家が見た場合に評価が異なることや、経験豊富な胚培養士が選んだ高評価の胚でも妊娠に至らないケースは珍しくありません。
妊娠の成功は“多くの要因”が絡む複雑な判断
妊娠の結果は胚の質だけで決まるわけではありません。女性の年齢、ホルモン値(AMHなど)、子宮内膜の厚さ、精子の状態、胚の数など、多くの臨床データが関係しています。これらの情報をすべて加味して「この胚を戻すべきか」「妊娠する可能性は高いか」を判断するのは、非常に高度な判断を必要とします。
医師と培養士が別職種であることの難しさ
実際の診療では、胚の評価をするのは胚培養士、治療方針を決めるのは生殖専門医であり、判断が分断されていることも少なくありません。その結果、最適な判断が難しい場合や、医療現場の連携がうまく機能しないこともあります。
このような複雑で主観性の入りやすい作業において、AIの力が期待されています。
AIがもたらす6つのメリット
AI(人工知能)は、医療のさまざまな分野に導入されつつありますが、とくに胚の評価や妊娠予測のように「人の経験や勘に依存しやすい」分野では、その力が発揮されます。
不妊治療の分野でも、AIには以下のようなメリットが期待されています。
- 標準化:誰が見ても同じ判断に
AIによる胚の評価は、すべての胚を同じ基準で分析します。人間のように「今日は疲れていて見落とした」「経験が浅くて判断がばらついた」といった差が出にくいため、判断の一貫性と信頼性が向上します。 - 高効率:たくさんの胚を素早く処理
AIは、大量の画像データを短時間で分析できるため、胚培養士や医師の作業負担を軽減します。 - 高精度:画像とデータの両面から妊娠率を予測
胚の画像やご夫婦の年齢、ホルモン値などのデータを組み合わせ、AIは妊娠の可能性を高い精度で予測することができます。 - 低コスト:治療回数・時間の短縮も視野に
AIによる自動化や効率化は、最終的には治療にかかる時間や費用の削減につながる可能性があります。 - 個別化:一人ひとりに合った治療提案へ
AIは、複数の臨床指標をもとに、「この患者さんにとって最適な移植スケジュールはどれか」など、個別化された提案が可能です。 - 解釈の可視化:なぜその判断に至ったのかを説明できる
AIが「この胚が良い」と判断した理由を、画像上のどこを見て判断したのか、どのデータが影響したのかといった形で可視化できる技術も開発されています(詳細は後述)。
AIが担う2つの主要な役割とは?
AIは不妊治療において、主に次の2つの役割を担っています。
胚のグレーディング(評価)
胚を「質の良いもの」と評価できるかは、妊娠成功の第一歩です。これまでは胚培養士が目視で行っていたこの評価を、AIが画像解析で補助します。
- 静止画像による評価
ある特定の日(例:5日目)に撮影された胚の画像から、AIは細胞の数や形、均一性、細胞破片(フラグメンテーション)の有無などを分析します。ResNetやVGGといったAIモデルを用いた研究では、4段階の胚評価において90%以上の精度を達成したものもあります。 - タイムラプス画像による評価
胚の発育過程を1日目から5日目まで連続して記録した画像(タイムラプス)を使って、AIが細胞分裂の速度や動き、形の変化をとらえて評価する方法です。 - 内部構造の分析
AIは、胚の中にある内部細胞塊(ICM)や栄養外胚葉(TE)といった構造を画像上で認識し、それぞれの形や大きさを分析します。
妊娠予測
AIは「この胚を戻したら妊娠する確率はどれくらいか」を予測するモデルにも活用されています。
- 画像からの予測
胚の画像データ(静止画像・タイムラプス)から得られる情報を用い、「妊娠する可能性が高い胚はどれか」をAIが分析します。 - 表形式データ(臨床データ)からの予測
年齢、ホルモン値(AMH)、BMI、子宮内膜の厚さ、卵子の数、精子の質など、治療前後に取得できる臨床データをAIに学習させて、妊娠成功との関係性を数値化して予測します。 - マルチモーダル予測(画像+臨床データ)
画像と臨床データの両方を組み合わせて判断する方法も登場しています。たとえば、胚の内部構造画像+年齢やAMHの値などを同時に分析し、より包括的で精度の高い予測を行うアプローチです。
「なぜそう判断したのか?」が見えるAIの力──説明可能性
AIによる診断や予測がいくら高精度でも、「なぜその判断になったのか」がわからないままでは、医師も患者もその結果を信頼することができません。とくに不妊治療のように生命や倫理が深く関わる分野では、AIの「説明可能性(Explainability)」が極めて重要です。
説明可能性(Explainability)
人工知能(AI)システムが導き出した結論や予測について、人間が理解できる言葉で、その根拠や判断過程を説明できる能力。
なぜ説明可能性が必要なのか
AIは「ブラックボックス」と呼ばれることがあります。入力された情報に対して、最終的な判断を出す過程が外からは見えにくいからです。
医療においては、この判断過程が見えないことがインフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)の妨げになりかねません。AIが妊娠の可能性を「高い」「低い」と予測したとき、「なぜそう言えるのか」がわかることで、患者さんも医師も安心して治療方針を選ぶことができます。
説明可能性を実現する3つの技術
Ouyang(2025)の論文では、以下のような代表的な説明技術が紹介されています。
- t-SNE(t-distributed Stochastic Neighbor Embedding)
胚画像の中に含まれる特徴(例:細胞の形や数)を2次元の図に可視化し、「良い胚」と「悪い胚」がどのように分布しているかを示す手法です。 - SHAP(SHapley Additive exPlanations)
年齢やホルモン値、胚のスコアといった要因が、どのくらい妊娠予測に影響しているかを数値で示します。医師がAIの判断を読み解く助けになります。 - Grad-CAM(Gradient-weighted Class Activation Mapping)
胚の画像の中で、AIが「重要だと考えた部分」をヒートマップで可視化します。たとえば、内部細胞塊(ICM)や栄養外胚葉(TE)など、発育に重要な領域に注目しているかがわかります。
これらの技術は、AIが「ただ答えを出す機械」ではなく、“理由を説明できるパートナー”として医療に関わるための鍵になります。
AIの可能性と、なお残る課題
AIは不妊治療を大きく進化させる可能性を秘めていますが、すべての問題が解決されたわけではありません。現時点では、次のような技術的・倫理的な課題が残されています。
マルチモーダル統合と最新AI技術(Transformer/GNN)
AIを用いた妊娠予測や胚評価では、画像(胚の形態)、時間情報(細胞分裂の過程)、臨床データ(年齢・ホルモン値・内膜の厚さなど)といった、異なる性質のデータを「組み合わせて」解析する必要があります。このような異種データの統合を「マルチモーダル統合」と呼びますが、技術的には非常に難易度の高い課題です。
近年、この統合を実現するためのAIモデルとして注目されているのがTransformerとグラフ構造(GNN)です。
- Transformer
Transformerは、もともと自然言語処理のために開発された深層学習モデルで、複数の種類のデータを並列かつ一貫性を保って処理できるという特長があります。不妊治療においては、胚のタイムラプス画像(1日目〜5日目)と、年齢やAMHなどの臨床データを同時に処理することが可能で、マルチモーダルな妊娠予測モデルとして高い精度を示す研究も登場しています。 - グラフ構造(GNN)
グラフ構造(GNN:Graph Neural Network)は、胚画像に含まれる細胞や構造の空間的な配置やつながりに注目し、これを「点と線」のグラフデータとして処理するAI技術です。たとえば、胚の細胞群を点(ノード)、細胞間の接触や距離を線(エッジ)として表現することで、細胞分裂の対称性や構造の健全性を解析できます。実際、Ouyangら(2025)はこのGNNを活用し、胚を2段階(良好/不良)に分類するタスクで98.8%という高精度を報告しています。
このような技術は、胚の質をより深く、かつ構造的に理解するうえで大きな前進となる一方で、モデルが複雑になりやすく、開発には大量の計算資源が必要という課題も抱えています。
医療データの不足とプライバシーの壁
AIモデルの学習には、大量の高品質なデータが必要ですが、医療データは個人情報の塊であり、自由に収集・共有できるものではありません。不妊治療に関する胚画像やホルモンデータなどは特にセンシティブであり、公開データセットも非常に限られています。
この問題に対しては、少ない症例でも学習可能なモデル設計をおこなったり、実際のデータに近い「合成胚画像」を作って学習に活用したり、学習の仕方そのものを工夫することで限られたデータでも精度を上げたりといった解決策が模索されています。
それでも、現場の多様性(培養器や顕微鏡の機種差、撮影環境の違いなど)を反映した汎用的なデータセットが足りていないという課題は続いています。
モデルの“汎用性”をどう担保するか
AIモデルは、一つの病院で訓練されて高精度を発揮しても、別の施設ではうまく機能しないということがあります。これは、胚の撮影機器や画像解像度、胚評価の基準や採点者の傾向、そして患者の属性(年齢層、疾患背景など)といった“施設ごとの違い”に起因します。
こうした問題を乗り越えるため、既存モデルを別の施設用に適応させたり、データをやり取りせずに複数施設のモデルを共同で訓練したり、異なる環境でも同じように機能する汎用性の高いモデルを設計したりといった対策が講じられています。
倫理と法の整備も急務
AIが「この胚が良い」と判断する──それは、言い換えれば“生命としての可能性”に点数を付ける行為にも見えます。このようなAIの介入が、人間の価値や家族構成に対する社会的認識にどのような影響を与えるかについては、まだ十分に議論されていません。
また、予測が外れた場合の責任の所在(医師か、AI設計者か)、インフォームド・コンセントの扱い、アルゴリズムの透明性など、医療倫理と法的整備も求められています。
AIはあくまでも「人の判断を補助するツール」です。患者と医療者が納得のいく治療を進めるためにも、透明性と信頼性のある技術設計と制度整備が重要になります。
結論:AIは“希望の精度”を高める道具になるかもしれない
Ouyang(2025)の論文は、AIがIVFの分野にもたらす進歩を、非常に詳細に整理しています。
胚の評価を標準化し、妊娠の可能性をより高精度に予測する──これまで経験と勘に頼っていた医療判断に、客観性と再現性をもたらす手段としてAIが機能し始めていることは、多くの不妊治療に携わる医療者や患者にとって朗報といえるでしょう。
もちろん、課題はまだ残されています。しかし、AIがもたらす変化はすでに始まっており、今後さらに多くのご夫婦に「納得できる治療選択肢」を提供していく可能性があります。
この情報が、不妊治療に取り組む皆さまにとって少しでもお役に立てれば幸いです。
【参考文献】
Xueqiang Ouyang, Jia Wei. Multi-Modal Artificial Intelligence of Embryo Grading and Pregnancy Prediction in Assisted Reproductive Technology: A Review. 2025. arXiv:2505.20306. https://doi.org/10.48550/arXiv.2505.20306


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