前回、「数字から紐解く、不妊の原因が冷えではない事実 」と題して、アンケート調査等の数字から冷えが不妊の原因とは言えないことを推察し、冷えは不妊の原因ではないものの、並行して存在する“無視できない”問題のひとつとして、改善に取り組む必要があると、結論づけました。また、冷えの原因と不妊の原因に共通したものがあるとも述べています。
今回は、冷えの原因について、不妊や鍼灸と絡めてお示しできればと存じます。
冷え症とは
冷え症とは、文字通り「冷え」を主体とする疾患で、末梢血管の収縮や拡張による血行障害が引き起こされている状態であると考えられています。
ではその血行障害を引き起こす要因はというと、これがなかなか単純ではありません。
- 外的要因によって冷やされて末梢の温度そのものが低下する
- 筋肉の緊張やむくみによって血管が締め付けられている
- 毛細血管があまり発達していない
- 筋肉の発達が十分でない
- 心臓の機能低下
- 動脈硬化
- 貧血 など
組織血流量の低下とか、循環動態の悪化と言われる状態が複合的に働いて、冷えの病態が形作られます。
不妊や鍼灸との関連
血管の運動をコントロールしているのは自律神経です。器質的な要因を除けば、精神的・身体的ストレスによって冷え症が発症したり増悪したりするとも考えられます。不妊鍼灸の分野では自律神経機能の改善を第一義としていて、不妊に対する鍼灸治療を適切に行っていくうちに冷えの症状も改善していくことは度々経験することです。
内分泌に目を向けると、エストロゲンレベルの低下は末梢血管の収縮を起こすとされています。これによる血行障害のために“冷え症”が引き起こされると考えられます。このことは、先に紹介したアンケート調査の中で、30代・40代・50代と年齢が上がるにつれて冷えを自覚する者の割合が増加していることに関連付けられます。
エストロゲンレベルが低下しているということは、卵胞が発達していないのかもしれませんし、エストロゲンの働きによってなされる子宮内膜の発育が不十分であるかもしれません。この状態が続けば不妊となります。冷えと不妊に共通の原因と言えるでしょう。
“筋肉の緊張やむくみによって血管が締め付けられている・毛細血管があまり発達していない・筋肉の発達が十分でない” などは、不妊の直接の原因とは言えませんが、手技療法やエクササイズによって筋肉や血管の状態が改善し、下肢の循環が十分確保できるようになれば、骨盤内の血流も増加し、子宮や卵巣に良い影響をあたえることが期待できます。冷えと不妊に共通したアプローチと思われます。
以上のように、冷えと不妊には共通した原因があり、双方に効果を期待できる手法があるのです。じねん堂でも、「冷えは不妊の原因ではない!」と言及しながら、実際に行っている治療がいわゆる冷え取りであるのはこのためです。
結局やってることは同じなんだから、「冷えが原因」って言っても差し支えないでしょ?
残念ながら、それは誤りです。
確かに、冷えと不妊には共通した原因があります。しかし同時に共通でない原因もあるのです。
もし、冷えを自覚している不妊女性の不妊の原因が、冷えの原因とは別のところにあったとしたら、冷え取りに終始したところで妊娠に至ることはないでしょう。その不妊が、鍼灸(あるいはエクササイズや手技療法)に不適応な病態である可能性もあります。原因を冷えばかりに求めるあまり、生まれてくるはずだった命の芽を施術者が摘み取ってしまうことがあってはなりません。
冷えは不妊の原因ではないものの、並行して存在する無視できない問題のひとつであるとは、すでに述べました。それ自体が患者に苦痛を与えていたり、不妊と結び付けて深く悩んだりしていることもあるからです。また、冷えの原因が鍼灸(あるいはエクササイズや手技療法)の適応例であり、かつ、不妊との関連が疑われるのであれば、施術経過における冷えの状態の変化は不妊鍼灸の施術効果を推察する指標となり得ることも否定できません。
ですから我々施術者は、目の前の病体が自分の手に負えるのかどうか、本当に自分の施術が患者の益となるのか、慎重に考え、行動する必要があります。
不妊の原因を冷えと断じるような施術者には、そのような意識が欠けているように思えてなりません。
【参考】
後山尚久: 冷え症の病態の臨床的解析と対応―冷え症は いかなる病態か,そして治療できるのか. 医学の歩み, 2005: 215(11): 925-929