過敏性腸症候群(IBS)に対する鍼治療については、これまで多くの臨床研究が行われてきました。しかし、そこで常に問題となるのが、「症状が改善したとしても、それは鍼そのものの効果なのか、それとも治療への期待や安心感などによるプラセボ効果なのか」という点です。
2026年7月、Zhengらは、実際の経穴に行う鍼治療と、経穴から外れた部位に行う偽鍼治療(シャム鍼)を比較したランダム化比較試験を集め、系統的レビューとメタアナリシスを行いました。
その結果、鍼治療はシャム鍼と比較して、治療終了時の「症状が改善した人の割合」と「IBS全体の症状」が、偶然では片づけられない大きさの差で(有意に)改善していました。
一方で、研究による結果のばらつきが大きく、エビデンスの確実性は「低い」と評価されています。
今回は、このメタアナリシスの結果とともに、「シャム鍼よりも有効だった」という結果が、IBSの患者さんにとって何を意味するのかを解説します。
なぜ「シャム鍼との比較」が重要なのか
IBSは、腹痛や腹部の不快感とともに、下痢、便秘、あるいはその両方を繰り返す病気です。現在は、腸だけの異常ではなく、腸と脳が相互に影響し合う「脳腸相関」の障害として理解されています。
IBSの症状は、食事、腸の運動、内臓の知覚過敏、ストレス、睡眠、治療への期待など、さまざまな要因の影響を受けます。そのため臨床試験では、有効成分を含まない薬や比較対照となる治療を受けた人でも、症状が改善することがあります。
今回の研究では、鍼治療の比較対照として「シャム鍼」が用いられました。
ただし、シャム鍼の方法は研究によって異なります。皮膚に刺さらない特殊な針を当てる方法もあれば、経穴ではない場所に浅く刺す方法もあります。今回のメタアナリシスでは、本来の経穴や経絡から外れた部位を使い、鍼特有の重だるさや響きに相当する「得気」を起こさないものをシャム鍼と定義しています。
シャム鍼も、完全な「何もしない治療」ではありません。皮膚に触れることや軽い刺激を与えること、一定時間横になって施術を受けること、施術者との対話や治療への期待などによって、症状に変化が生じることがあります。
そのため、実際の鍼治療がシャム鍼を上回る改善を示した場合には、単に無治療の人と比較するよりも、鍼治療による効果の上乗せを厳しく評価した結果と考えることができます。
Zhengらのメタアナリシスは何を調べたのか
Zhengらは、PubMed、Web of Science、Embase、Cochrane CENTRALに加えて、中国の複数の医学文献データベースを検索しました。検索対象は各データベースの収載開始時から2026年1月21日までです。
そして最終的に、12件のランダム化比較試験、合計1105人が系統的レビューに採用され、そのうち11件がメタアナリシスに使用されました。
対象となった研究では、実際の経穴に行う鍼治療と、経穴や経絡から外れた部位に行うシャム鍼が比較されています。主な評価項目は、症状の反応率、IBS全体の症状重症度、生活の質でした。
今回の研究が過去のメタアナリシスと異なる点は、中国語で発表された臨床試験に加えて、2025年に発表された下痢型IBS患者280人を対象とする多施設ランダム化比較試験を新たに含めたことです。
また、経穴に浅く刺す方法をシャム鍼とした研究ではなく、経穴から外れた「非経穴」を比較対照に用いた研究に限定して解析していることも特徴です。鍼治療では、比較対照として使われたシャム鍼が本来の経穴を刺激してしまうと、シャム鍼側にも一定の生理学的作用が生じ、実際の鍼との差が小さくなることがあります。今回の研究では、この問題をできる限り避け、実際の鍼治療と非経穴へのシャム鍼との差を評価しようとしているのです。
鍼治療で症状が改善した人の割合は高かった
まず検討されたのが「反応率」です。
反応率とは、各研究で定められた基準を満たす程度に、腹痛、便通、下痢などの症状が改善した人の割合を指します。
9件の研究、合計1004人の結果をまとめると、症状改善の基準を満たした人の割合は、シャム鍼群より鍼治療群で高く、相対的には約1.6倍となっていました。
とはいえこれは、症状の程度が1.6倍改善したという意味ではありません。「各研究で定められた改善基準を満たした人の割合」を、二つのグループで比較した結果、1.6倍の差があったということです。
ただ、何をもって「改善した」と判断するかは、研究によって異なっていました。
そこで研究者らは、特定の研究だけが結果を大きく左右していないかを確認するため、研究を一つずつ除いて計算し直しました。それでも、鍼治療群で改善した人の割合が高いという結論は変わらなかったのです。
そのため、反応率については、今回のメタアナリシスで比較的安定して確認された主要な結果といえます。
IBS全体の症状も治療終了時に改善していた
次に検討されたのが、腹痛や便通、腹部膨満感などを含む、IBS全体の症状です。
治療終了時の全体症状については、6件の研究、合計641人の結果がまとめられました。
ただし、6件の研究で同じ評価表が使われていたわけではありません。それぞれ異なる方法で症状を評価していたため、研究者らは各研究の変化を共通の方法に置き換えて比較しました。
いわば、単位の異なる複数の物差しを、そのまま並べるのではなく、同じ基準で比べられるように換算してから結果をまとめたことになります。
その結果、治療終了時のIBS全体の症状は、シャム鍼群よりも鍼治療群で大きく改善していました。
さらに、特定の研究だけが結果を左右していないかを確認するため、研究を一つずつ除いて計算し直しても、鍼治療群の改善が大きいという結論は変わりませんでした。
したがって今回のメタアナリシスでは、「症状改善の基準を満たした人の割合が高かった」という結果だけでなく、複数の症状をまとめた全体的な評価でも、治療終了時には鍼治療がシャム鍼を上回っていました。

治療後の持続効果や生活の質は、安定した結果が得られなかった
治療終了後の経過については、4件の研究、合計549人の結果がまとめられました。
4件をまとめて計算すると、治療終了後のIBS全体の症状もシャム鍼群より鍼治療群で改善していましたが、治療終了後に症状を確認した時期は、3週間後、4週間後、12週間後と研究によって異なっていました。
そこで、特定の研究だけが結果を大きく左右していないかを確かめるため、研究を一つずつ除いて計算し直したところ、一部の研究を外すと、鍼治療群とシャム鍼群の明確な差がみられなくなりました。
したがって、今回の結果だけから、「鍼治療の効果が治療終了後も持続する」とまでは結論づけられません。治療後にも効果が残る可能性は示されましたが、どの程度続くのかは、今後の研究で確認する必要があります。
生活の質についても、複数の研究をまとめた最初の計算では、鍼治療群がシャム鍼群より良好でした。しかし、研究を一つずつ除いて計算し直すと、結果は安定しませんでした。
不安や抑うつについては、そもそも鍼治療群とシャム鍼群の間に明確な差が認められませんでした。
下痢型・便秘型や治療頻度による違い
研究者らは、IBSの病型による違いも検討しています。
下痢型IBS(IBS-D)では、4件、合計504人の結果をまとめると、症状改善の基準を満たした人の割合は、シャム鍼群より鍼治療群で高くなっていました。治療終了時の全体症状についても、2件、合計324人の結果をまとめると、鍼治療群の方が症状の改善は大きくなっていました。
便秘型IBS(IBS-C)でも、反応率と全体症状に前向きな結果がみられました。
とはいえ、便秘型IBSについては、対象となった研究が40人の1件だけです。そのため、この結果だけで、便秘型IBS全般に対する効果を判断することはできません。
一方、下痢型や便秘型に分類せず、複数の病型をまとめて扱った研究では、鍼治療とシャム鍼の間に明確な差が認められませんでした。
治療頻度については、週3回以上の鍼治療を行った研究では、反応率と全体症状の両方でシャム鍼より良好な結果が示されました。週3回未満の研究では、明確な差が認められませんでした。
ただし、これは「週1~2回」と「週3回以上」を直接比較する目的で患者を無作為に振り分けた研究ではありません。治療頻度以外にも、使用した経穴、鍼の刺激方法、治療期間、患者の症状や重症度が異なります。そのため、「IBSの鍼治療には週3回以上が必須」と結論づけることはできません。
今回の結果は、治療回数や刺激量が少なすぎると、鍼治療とシャム鍼との差が表れにくい可能性が示されたと捉えるのが適切です。
「シャム鍼より有効だった」とは、どういう意味か
今回のメタアナリシスで重要なのは、鍼治療が無治療や通常治療だけと比較されたのではなく、非経穴へのシャム鍼と比較された点です。
シャム鍼を受ける人も、自分が鍼治療を受けていると認識する可能性があります。施術者との対話や治療への期待もあります。さらに、皮膚への接触や浅い刺入が、まったく身体に作用しないとは言い切れません。日本では、刺さらない種類の鍼を皮膚表面に接触させる「施術」を行っている流派もあるほどです。
それでも、実際の鍼治療はシャム鍼の結果を上回り、治療終了時の反応率と全体症状を改善していました。
これは、IBSに対する鍼治療の効果を、治療への期待や施術を受けることそのものによる心理的影響だけでは説明し難いことを示しています。
とはいえ、今回の研究によって、「経穴だけに特別な効果がある」と証明されたわけではありません。実際の鍼治療とシャム鍼では、刺激する場所だけでなく、鍼を刺す深さ、刺激の強さ、鍼を動かす手技、得気の有無なども異なっています。
したがって、今回示されたのは、経穴の選択や刺入、刺激方法などを含めた実際の鍼治療全体に、シャム鍼を上回る効果があったという結果です。
研究の限界とまとめ
今回のメタアナリシスでは、鍼治療はシャム鍼と比較して、治療終了時の「改善した人の割合」と「IBS全体の症状」とに良好な結果が得られました。
これは、IBSに対する鍼治療の効果を、治療への期待や施術を受けることによる影響(いわゆるプラセボ)だけでは説明しきれないことを示す重要な結果です。
一方で、研究によって効果の大きさにはかなり差がありました。治療期間は3~10週間、施術頻度は週1回から毎日まで幅があり、使用した経穴や刺激方法、シャム鍼の方法も統一されていません。また、「改善した」と判断する基準も研究ごとに異なっていました。
治療終了後の効果についても、十分な結論は得られていません。追跡期間は3週間、4週間、12週間とばらつきがあり、研究を一つずつ除いて計算し直すと、結果は安定しませんでした。
こうした点から、治療終了時の反応率や全体症状に関するエビデンスの確実性は「低い」と評価されています。とはいえこれは、「鍼治療に効果がなかった」という意味ではありません。今回の結果は鍼治療を支持していますが、今後の大規模で質の高い研究によって、効果の大きさや結論が変わる余地があるという意味です。
安全性については、報告された主な有害事象は、刺鍼部の軽い出血、皮下出血、施術後の痛みなどで、重大な有害事象は報告されていません。ただし、有害事象を報告したのは12件中7件でした。
現時点で、鍼治療は消化器内科での診断や薬物療法、食事療法に取って代わるものではありません。
そのようななか、今回の解析では、鍼治療はシャム鍼と比較しても、治療終了時の「改善した人の割合」と「IBS全体の症状」に良好な結果を示していました。今後さらに質の高い研究による確認は必要ですが、標準的な治療を行っても腹痛、下痢、便秘、腹部膨満感などが残る患者さんにとって、鍼治療は症状改善を目的として組み合わせる補完的な選択肢と位置づけられます。
【参考文献】
Zheng HZ, Zou HL, Chen BH, Li YJ, Wu WZ, Huang XB. Acupuncture vs Sham Non-Acupoint Acupuncture for Irritable Bowel Syndrome: A Systematic Review and Meta-Analysis. Gastroenterology. 2026 Jul 7:S0016-5085(26)07037-X. doi: 10.1053/j.gastro.2026.06.017.
本記事は、査読・受理後に公開されたZhengらの論文のJournal Pre-proof版をもとに作成しています。Journal Pre-proofは、最終的な校正・組版を終えた正式版(Version of Record)ではありません。今後の出版過程で、文章、数値、図表、ページ情報などが修正される場合があります。また、2026年7月現在、全文の閲覧には購読または購入が必要です。

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