体外受精では、「何個採卵できたか」だけでなく、「受精したか」「胚がどこまで育ったか」「移植できる胚が得られたか」も大切な視点になります。
卵巣予備能低下(DOR)や卵巣反応不良(POR)について調べている方のなかには、「鍼灸で卵子や胚の質は変わるのだろうか」と気になっている方もいるかもしれません。
2026年に発表されたWangらの系統的レビューとメタアナリシスでは、体外受精・顕微授精を受ける女性において、鍼治療が良好胚率、良好卵子率、受精率、採卵数にどのような影響を与えるかが検討されました。この研究では、鍼治療を併用した群で、良好胚率と受精率に前向きな結果が示されています。
とはいえ、この結果をそのまま「鍼灸で妊娠率が上がる」「生児獲得率が上がる」と捉えることはできません。ここでいう「胚の質」は、主に培養室で評価される良好胚率などの指標であり、PGT-Aで確認される染色体の状態や、最終的な妊娠率、生児獲得率ではないからです。
したがって、現時点では、鍼灸は妊娠を直接保証する治療ではないものの、採卵から受精、胚発育に至る過程を支える補完的な方法として、検討する価値のある選択肢と考えるのが妥当です。
ここからは、どうしてそういえるのか、研究の内容を確認しながら解説していきます。
「胚の質」とは何を指すのか
不妊治療で「胚の質」という言葉が使われるとき、いくつかの意味が含まれます。
培養室では、受精卵が分割していく様子、細胞の数、細胞の均一性、フラグメントの程度、胚盤胞まで育つかどうかなどをもとに、胚の評価が行われます。一般的に「良好胚」と呼ばれるものは、こうした形態的・発育的な基準から見て、移植に適していると判断されやすい胚です。
ただし、良好胚=染色体が正常な胚とは限りません。見た目や発育の状態が良好でも、染色体異数性がある胚もあります。反対に、形態評価ではグレードが高くない胚でも、妊娠に至るケースがあります。つまり、胚の形態評価だけで、その後の妊娠・出産の可能性を完全に判断できるわけではないのです。
また、胚の染色体の状態を知るには、PGT-Aという検査を行う必要があります。しかし、そのPGT-Aについても、すべての方に一律に有用といえるものではなく、対象となる患者さん、検査結果の解釈、モザイク胚の扱いなどを含めて、慎重に考える必要があるとされています。(PGT-Aについて詳しくは、「PGT-Aとは?体外受精で正常胚を選ぶ検査」の記事でも解説しています。)
そのため、この記事で扱う「胚の質」は、主に良好胚率や受精率など、培養段階で評価される指標を指します。妊娠率や生児獲得率とは、関連はあっても同じものではないことをお知りおきください。
Wangらの2026年メタアナリシスは何を調べたのか
Wangらの研究は、体外受精または顕微授精を受ける女性を対象に、鍼治療を併用した場合と、併用しない場合、または偽鍼・プラセボ鍼を行った場合を比較したランダム化比較試験(RCT)を集めた系統的レビューとメタアナリシスです。
検索対象は、PubMed、Embase、Web of Science、Cochrane Library、中国系データベースなどで、2025年6月30日までの研究が調べられました。最終的に18件のRCTが解析対象となっています。また、評価された主な項目は、良好胚率、良好卵子率、受精率、採卵数でした。
これまでの記事で紹介してきた卵巣予備能低下(DOR)や卵巣反応不良(POR)の個別RCTでは、「特定の患者群に対して、1つの研究でどのような結果が出たか」を見ていました。今回のメタアナリシスでは、複数のRCTをまとめて、体外受精における卵子・受精・胚発育の段階に、鍼治療がどのように関係しているかを広く検討しています。
良好胚率で前向きな結果が示された
このメタアナリシスで最も注目したいのが、良好胚率です。
良好胚率とは、採卵・受精後に得られた胚のうち、培養室で「良好」と評価された胚の割合を指します。言い換えると、移植候補となりやすい胚が、どのくらい得られたかを見るための指標です。
Wangらの解析では、良好胚率を評価できた6件のRCTをまとめたところ、鍼治療を併用した群では、併用しなかった群に比べて良好胚率が高いことが示されました。この差は統計学的にも意味のあるものとされ、エビデンスの確実性は「中等度」と評価されています。
ここでいう「中等度の確実性」とは、かなり信頼できる結果ではあるものの、今後さらに質の高い研究が追加されれば、推定される効果の大きさが変わる可能性もある、という意味です。つまり、「有望な結果だが、これで完全に結論が固まったわけではない」と理解するとよいでしょう。
この結果からは、体外受精の過程において、鍼治療が良好胚率に前向きに関係する可能性が示されています。
受精率にも前向きな結果がみられた
もう一つ注目したいのが、受精率です。
受精率は、採卵された卵子が精子と受精し、胚発育の出発点に立てたかどうかを示す指標です。ここに差が出る場合、卵子の成熟度、精子との相互作用、培養環境など、複数の要素が関わっている可能性があります。
Wangらの解析では、受精率を評価できた4件のRCTをまとめたところ、鍼治療を併用した群では、併用しなかった群に比べて受精率が高いことが示されました。この結果も統計学的に意味のある差とされ、エビデンスの確実性は「中等度」と評価されています。
また、この受精率の解析では、複数の研究結果が比較的一貫していました。メタアナリシスでは、研究ごとに結果が大きく違う場合があります。たとえば、ある研究では鍼治療がよく効いているように見え、別の研究ではほとんど差がない、というような場合です。今回の受精率については、そうした研究間のばらつきが小さく、比較的そろった方向の結果が示されていました。
良好胚率だけでなく受精率にも前向きな結果がみられたことから、鍼治療は受精から初期胚発育までの過程に関係する可能性があります。
良好卵子率と採卵数は、結果の強さが異なる
良好卵子率と採卵数についての見解は、良好胚率や受精率ほど“強い”ものではありませんでした。
良好卵子率は、採卵された卵子そのものの状態に関する指標です。卵子が成熟しているか、受精に進める状態かなど、主に受精前の卵子の質に近い評価と考えられます。(混同してしまいそうになりますが、良好胚率は、受精後に発育した胚の状態を評価する指標です)
Wangらの解析では、良好卵子率についても鍼治療群で前向きな結果が示されています。ただ、こちらは解析に含まれた研究が2件と少なく、研究ごとの結果にもばらつきがありました。そのため、エビデンスの確実性は「低い」と評価されています。少なくともWangらの解析からは、「良好卵子率について前向きな結果はあるが、良好胚率や受精率ほどは強く言えない」というのが、実際のところです。
採卵数については、全体として明確な差は示されませんでした。したがって、「鍼治療をすれば誰でも採卵数が増える」とは言えません。
一方で、基礎FSHが高い群や、一定回数の鍼治療を受けた群では、採卵数に前向きな結果が示されています。これは、鍼治療の影響がすべての人に一律に出るわけではなく、卵巣予備能、基礎FSH、治療回数、治療時期などによって変わる可能性を示しています。
Wangらの結果をDOR・POR研究と合わせてどう見るか
Wangらのメタアナリシスでは、良好胚率と受精率に前向きな結果が示されました。
この結果は、体外受精の中でも、主に卵胞発育から初期胚発育までの段階に関わる情報です。具体的には、採卵数、良好卵子率、受精率、良好胚率といった、卵胞・卵子・胚発育に近い指標が評価されています。
これを、過去に紹介した卵巣予備能低下(DOR)や卵巣反応不良(POR)の研究と並べて考えてみるとどうでしょう。
- DORの研究では、胞状卵胞数(AFC)に前向きな変化がみられた。一方で、AMHやFSH、妊娠率まで一貫して改善したとは言えなかった。
- PORの研究では、採卵数、臨床妊娠率、生児獲得率について明確な有意差は示されなかった。一方で、卵割率や基礎FSHなど、卵胞や胚発育に近い指標には前向きな変化がみられた。
- 今回のWangらのメタアナリシスでは、良好胚率と受精率に前向きな結果が示された。
これらの鍼灸の研究は、AFC、卵割率や基礎FSH、良好胚率や受精率など、評価している指標こそ異なるものの、卵胞の成長、卵子の成熟、受精、初期胚発育といった体外受精の前半部分において前向きな結果が示されています。
その次の段階とも言える「胚盤胞到達率」に関しては、卵子の成熟度や受精後の発育能という面で、卵胞・卵子側の状態と結びつけて考える余地があります。もちろん、精子側の要因や培養環境も関わるわけですが、卵胞がどのような環境で育ったか、卵子がどのような状態で採卵されたかは、胚発育を考えるうえで無視できない要因と言えます。
これらの点を踏まえると、鍼灸の役割は「妊娠そのものを直接左右する治療」というより、卵胞が育つ環境、卵子が成熟する環境、受精後に胚として発育していく過程を支えるものとして捉えることができます。その背景には、自律神経、卵巣周囲の血流、HPO軸(女性の月経周期や排卵をコントロールする脳と卵巣の連携システム)、ストレス反応、酸化ストレスなどへの作用が関わっていると考えられています。
まとめ
今回紹介したWangらの2026年メタアナリシスでは、体外受精・顕微授精を受ける女性において、鍼治療が良好胚率と受精率に対して前向きな結果を示していました。
また、今回の結果を、これまで紹介してきたDORやPORの研究と合わせて見ると、鍼灸は「妊娠率を直接上げる治療」というよりも、卵胞発育、卵子成熟、受精、初期胚発育といった体外受精の前半部分に関わっている可能性があります。病院における標準的な不妊治療を前提としつつ、良い胚を得るまでの身体環境を支える補完的な方法として、体外受精と併用しながら検討する価値のある選択肢といえるでしょう。
【参考文献】
Wang JY, Xu JB, Chen XL, Liu T, Shi D, Li WJ. Acupuncture to ensure high-quality embryos in women undergoing in vitro fertilization: A systematic review and meta-analysis. J Integr Med. 2026 Mar 12:S2095-4964(26)00034-8.
じねん堂は、ここ数回にわたってお示しした記事によって、「鍼灸が体外受精の前半部分にしか役立たない」と述べたいわけではありません。
不妊と鍼灸についての新しい文献を検索した際に、たまたま“前半部分”に関するものが目につき、それらを続けて解説していけば面白いかなと考えて記事にした結果、「論文紹介記事」という文脈上、このような「まとめ」に至ったに過ぎないことをご承知おきください。
着床や妊娠継続については、卵子や胚の質だけでなく、子宮内膜の受容能、血流、ホルモン環境、免疫などが関わります。これらについて述べるには、また別の視点、別の文献が必要となります。これについてはまた回を改めて、紹介できればと思います。


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