腰痛診療ガイドラインを根拠にマニピュレーション(整体・カイロ)を推す施術所には注意!

 ここのところ、腰痛診療に関するガイドラインから引用したような文章をよく見かけます。日本では数年前、海外だとさらに前からあるものなのになぜ今なのか。メディアで取り上げられ始めたのか、あるいは集客やら手技やらのセミナーで騒ぎ出したのか。定かでないですけれど、少し気になることがあります。

 それは、アメリカのガイドラインのなかで「一般薬の投与と脊椎マニピュレーションが安全に腰痛を緩和させることができる」と結論づけられていることを根拠に、巷の治療院(施術者)から様々な主張がなされていること。特に、一つの手法に過ぎないマニピュレーションが独り歩きしている印象を受けることです。

今回はこの問題について私の意見をお示します。皆様が治療院を選ぶ際のヒントにしていただけたらと思います。

ガイドラインのなりたち

 アメリカの腰痛診療に関するガイドラインは、科学的根拠のある手法だけを患者様が選択できるように、かの国にある膨大な量の文献を精査し、研究の質と量に応じて有用性を評価したものです。
 ここで注目したいのは、論文の質と量の評価であって、治療効果の評価ではないこと。とまり、ある手法に効果が認められたという論文があったとしても、その研究のデザインに不備があれば評価は低くなるのです。論文の量が多くなれば質の高いものも自ずと出てきます。アメリカのガイドラインならばアメリカで盛んにおこなわれている治療法に関する論文が多くなり、当然評点の高い論文も多くなります。アメリカのガイドラインではマニピュレーションが高評価を得ましたが、中国でガイドラインを作成したら鍼灸の評価が高くなるかもしれません。

ガイドラインと腰痛の種類

 先にも述べたように、アメリカのガイドラインでは、経口薬と脊椎マニピュレーションが安全に腰痛を緩和させることができると結論づけられています。
 しかし、すべての腰痛にそれが当てはまるわけではありません。
 アメリカのガイドラインは急性の腰痛に対するものです。さらにその中で、“危険な兆候のない腰痛”に対して、マニピュレーションの有用性が認められているのです。
 慢性的な腰痛に関しては、マニピュレーションの効果を科学的に立証するだけの証拠が得られていません。ヨーロッパのガイドラインでは、“治療の選択肢として検討”できるとされています。ちなみに鍼灸は“すべきではない”とのことでした。

不誠実な施術所

 アメリカのガイドラインをかさに着て、

鍼やマッサージは腰痛に効果がありません。
当院で行っているマニピュレーションこそが王道。
唯一腰痛を改善できる方法なのです!

という旨の主張をする治療院を見つけたら注意しましょう。
 さらに、「科学的に立証されている」と言って慢性の腰痛に対してもマニピュレーションを施そうとしてきたら、そこの施術所は信用に値するとは言い難いです。アメリカのガイドラインで研究・論文の質が認められ効果的であるとされているからマニピュレーションを施すというのであれば、ガイドラインの趣旨に沿って急性の腰痛だけに施すべきです。

経験上、慢性の腰痛にもマニピュレーションは効果があります。

 こうなってしまうと、“経験上”効果を得られたのであればどんな施術法でも構わないことになってしまいます。それこそ、急性の腰痛に鍼をしても。
 ガイドラインを根拠に他の手法を否定しているわけですから、これは理屈が通りません。
 この種の批判が嫌なら、他の手法を否定しないことです。良識ある施術者なら、「科学的な根拠のあるものを優先的に採用しています」と、述べるでしょう。じねん堂ならさらに、「海外のデータでは」という言葉を付け加えます。

脊椎マニピュレーションとは何ぞや

 一般的にマニピュレーションとは関節へ小さな振幅の力を素早く加える手技のことで、これを脊椎に行うのが脊椎マニピュレーションです。無資格者が脱法目的でマッサージ行為のことを筋肉マニピュレーション(manipulation=操作という意味)と称するのとは、全く別物です。各文献における手技の詳細を知ることができないので断言はできませんが、おそらくガイドラインでも前者のことを述べていると思われます。
 一般的なマニピュレーションでは、関節の癒着を剥がしたり異常な制限状態を解除したりすることで、関節が持つ本来の“あそび”を作り、姿勢異常や痛みを改善すると考えられています。また、海外の大学でカイロプラクティックを修めた友人に聞いたところ、アメリカのガイドラインにおける脊椎マニピュレーションはいわゆるカイロプラクティックのことであるとの見解を得ました。
 ところで、脊椎マニピュレーション(カイロプラクティック)の仕組み(作用機序)についてはまだ不明な点が多いようです。理屈では関節(関節包)に働きかけを行うことになっていますが、実際問題、脊椎の関節包だけに力を加えることは不可能で、脊椎に至るまでの筋肉、腱、関節周囲の組織にも力が加えられることになります。マニピュレーションとしての操作だけでなく、操作を行う為の姿勢を取ることに、ストレッチや運動療法的な何らかの作用があるのではないかとも考えわれます。なお、以前は関節の亜脱臼(サブラクセイション)を整復するをいう理論が信じられていましたが、現在ではMRI等による検証により否定されています。
 カイロプラクティックにはたくさんのテクニック・流派があり、前述のとおりガイドラインの中ではその手法については言及されていませんので、もし腰痛にマニピュレーションを推す施術所が「○○テクニック」といったカイロプラクティックの単一の手法だけを、“唯一の” とか “本物の” などと宣伝していたのなら、なぜその手法だけを推すのか聞いてみるのも良いでしょう。明確に答えられないとか、ガイドラインで云々と言いだすようなら、商売っ気が多いだけで信用には値しないと考えて差し支えないかと存じます。前節の内容に通じますが、こちらでも主張しておきます。
 繰り返しますが、欧米のガイドラインにおいてマニピュレーションのなかのどの種類の手法が有効なのかという科学的根拠は示されていません。分かっているのは、発症後6週間以内のマニピュレーションが、短期間有効で、患者の満足度も高くなる傾向にあるといったことです。

脊椎マニピュレーションの効果

“唯一認められている”などと表現されてしまうと、いかにも劇的な効果が得られそうに思えますが、ガイドラインの中にも短期的な治療効果のみであるとの報告や、プラセボ効果(効いた気がしているだけ・手技による直接的な効果ではないところで回復した)であるとする報告もありますので、急性の腰痛を改善する“唯一の方法”というほどのものではなく、前述の通り、アメリカで盛んにおこなわれている治療法なので論文数が多くなり、評点が高くなった結果、“有効である”と総括されたのだと考えるのが妥当ではないかと思います。

本当にマニピュレーションだけなのか

 ガイドラインにある脊椎マニピュレーションが急性腰痛の緩和に有効なことは確かでしょう。しかし、その手法の詳細が明らかでない以上、「マニピュレーションやってます」と宣伝している施術所のすべてがガイドラインにあるような施術をできるとは限りません。
 逆に、海外ではあまり盛んではないけれど日本では一般的に広く用いられている手法の中に、急性の腰痛を緩和する効果的な手段があるかもしれません。
 アメリカのガイドラインに沿った治療を行っているという理由からマニピュレーションを強く推すだけならまだしも、他の手法を悪し様に言うような施術者は信頼すべきでないと強調したいところです。
 私が鍼灸師だからというのもありますが、鍼灸も捨てたものではありません。急性の腰痛の中でも、ピンポイントで硬いものを触知できたり明確な圧痛があるものは、そこを鍼で刺激することで疼痛を緩和できることが多いです。経絡どうしの関連性を利用して、患部(腰)から離れたツボに鍼をすることでも痛みを緩和できます。
 もちろん、場合によっては他の手法を選択することもあります。それはつまり、ひとつの絶対的な手法など存在しないということを知っているからに他なりません。
 そもそも急性の腰痛なんて、危険な兆候のあるものでなければ1週間から10日程度で治まります。正味な話、療術ならどの手法を実施しても(しなくても)大差ないと思われます。

いま一度、ガイドラインのこと

 ガイドラインの中で痛みのコントロールの方法として最初に推奨されているのは、経口鎮痛薬の服用です。
 ある施術所がガイドラインに沿った治療を推進しているというのなら、マニプレーションを推す前に「薬を飲むことをお勧めします」と、患者に案内する必要があるでしょう。

 ガイドラインにおいて、痛みのコントロールの前に行うことは患者への説明とされています。
 現在の症状について、危険な状態でないのならそのことを説明し、安心していただかなければなりません。そして施術計画を示し、必要な知識を提供するのです。ただしこのことは、医師でなければ出来ないことも含みます。鍼灸院や偽装整体院も含めた整骨・接骨院の業務外である場合もあるということです。

 何よりも先んじて行われることは、初期評価によって”危険な兆候”を見つけることです。
 あなたの掛かろうとしている施術所は、一定の手順を踏んで診たてることができそうでしょうか。我々のような施術者は診断行為を行うことができませんので、危険な兆候が見受けらる患者には、なるべく早く医業による働きかけを受けて頂かなければなりません。

 ガイドラインは、医師の為のものです。
 しかしその内容は、医師以外の施術者も知っておくべきことです。知っていることと、その内容を(法的に)行使できるかどうかは別の問題であり、施術者は自分の業の範囲内で適切に対処しなければなりません。

 アメリカのガイドラインは日本でそのまま運用するには適さないかもしれません。また、本国においても否定的かつ合理的な見解が幾つかあるかもしれません。

結論

 これから掛ろうとしている施術所が本当に適切な手当てをできるのか、患者自身にも、見極める目が必要とされます。その見極めの材料の一つとして、他の手法を蔑ろにしてマニピュレーションを強く推してはいないかということが挙げられます。

 ぜひ参考になさってください。


追記

2017年の米国内科医協会 (ACP)によるガイドラインには、以下のような記述があります。

Recommendation 1:
Given that most patients with acute or subacute low back pain improve over time regardless of treatment, clinicians and patients should select nonpharmacologic treatment with superficial heat (moderate-quality evidence), massage, acupuncture, or spinal manipulation (low-quality evidence). If pharmacologic treatment is desired, clinicians and patients should select nonsteroidal anti-inflammatory drugs or skeletal muscle relaxants (moderate-quality evidence). (Grade: strong recommendation)

推奨事項 1:
急性または亜急性の腰痛患者のほとんどは、治療に関係なく時間の経過とともに改善することを考慮すると、臨床医と患者は、表面の温熱(中程度の質のエビデンス)、マッサージ、鍼治療、または脊椎マニピュレーション(質の低いエビデンス)による非薬物療法を選択する必要があります。薬物治療が必要な場合、臨床医と患者は非ステロイド性抗炎症薬または骨格筋弛緩薬を選択する必要があります(中程度の質のエビデンス)。 (グレード:強く推奨)

Noninvasive Treatments for Acute, Subacute, and Chronic Low Back Pain: A Clinical Practice Guideline From the American College of Physicians. 2017.

マッサージ、鍼治療、脊椎マニピュレーションのいずれも、強く推奨されるがエビデンスの質は低いとのことです。やはり、マニピュレーションだけを推すのは誤りであると分かります。ほとんどの急性・亜急性腰痛が治療に関係なく時間の経過とともに改善することにも言及されています。

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