耳の細胞を保護する「紅景天」と突発性難聴との関係とは ―研究から読み取る可能性と、鍼灸・近赤外線との併用について―

「ある日突然、耳が聞こえにくくなった」
「耳鳴りが続いて落ち着かない」
「病院で治療を受けたのに、まだすっきりしない」

 突発性難聴では、このような不安を抱えたまま過ごしている方が少なくありません。 

 突発性難聴は、原因がよく分かっていない疾患のひとつです。内耳の血流、ウイルス感染、免疫の暴走など、いくつかの病態が重なっている可能性があると考えられています。近年はそこに、聴こえに関する細胞そのものが強い負担を受けて傷んでいく「細胞ストレス仮説」という見方も加わってきました。

 さて、2024年。Zhangらは、漢方薬の原料となる高山植物「紅景天(こうけいてん)」の成分であるサリドロシドに、傷ついた耳の細胞を守る可能性があると報告しました。これは突発性難聴の患者を対象にした研究ではなく、ラットの耳の細胞を使った基礎研究です。したがって臨床での効果をそのまま語れる段階ではありませんが、「難聴において内耳で何が起きているのか」「鍼灸には何ができるか」を確認するうえで、(個人的には)大変興味深い内容でした。
 今回は、この研究が何を示しているのか、そして当院で行っている鍼灸やスーパーライザーによる近赤外線照射が難聴(突発性難聴)の改善に関してどのように位置づけられるのかを、分かりやすくお示しできればと思います。論文ベースではあるものの、やや私見の多い内容ではありますが、最後までお読みいただければ幸いです。

三重県津市の鍼灸院「じねん堂はり灸治療院」では、突発性難聴に対する鍼灸施術については【こちらのページ】で詳しくご案内しています。

目次

突発性難聴の背景にある「耳の細胞の負担」

 突発性難聴では、耳の奥にある有毛細胞など、音を感じ取るために欠かせない細胞が傷ついていると考えられています。とはいえ、その確かな原因はまだ分かっていません。内耳の血流障害、ウイルス感染、免疫異常など、いくつかの病態が含まれている可能性があるとされています。

 近年、突発性難聴を引き起こす要素の一つとされているのが、炎症に関わるタンパク質の一種(NF-κB)です。NF-κBは元々細胞内に備わっていて、強いストレスを受けたときに働きやすくなるのですが、それが過剰になると、内耳での炎症や酸化ストレスに関わる反応が強まり、細胞が傷つきやすくなります。そうした負担が重なると、傷みが大きくなった細胞が自ら死んでいく反応(アポトーシス)が進みやすくなります。アポトーシスは本来、不要になった細胞を整理するために必要な仕組みなのですが、耳のように繊細な場所では、この仕組みが働きすぎることによって聴こえに悪影響を及ぼす可能性が出てきます。「細胞ストレス仮説」では、突発性難聴の病能をこのように捉えています。

 繰り返しになりますが、細胞ストレス仮説だけで突発性難聴のすべてを説明できるわけではありません。とはいえそれでも、突発性難聴において「聴こえに関わる細胞そのものが強い負担を受けて傷んでいく」という視点を持つことで、紅景天由来サリドロシドの研究が俄然輝きを増してきます。なぜならこの研究は、サリドロシドによるNF-κB や NRF2、アポトーシスへの影響といった、細胞ストレス仮説と重なる部分を論じているからです。

紅景天由来サリドロシドの研究で分かったこと

 2024年の研究では、ラットの耳の細胞を取り出し、ゲンタマイシンという薬で障害を起こす実験が行われました。ゲンタマイシンは、条件によっては内耳を障害し、不可逆的(元に戻りにくい)な難聴やめまい、耳鳴りを引き起こす可能性(聴器毒性)がある薬として知られています。
 研究では、耳の細胞がゲンタマイシンに晒される前にサリドロシドを加えることで、耳の細胞への悪影響が抑えられるかどうかを調べました。その結果、聴こえに関する重要な細胞(外有毛細胞)の減少が抑えられ、細胞を傷つける側の反応が弱まり、細胞を守る側の反応が保たれていました。
 ここで重要な働きをしたのが、酸化ストレスから細胞を守る働きに関わるタンパク質の一種(NRF2)です。酸化ストレスとは、細胞がいわば“錆びる”ように傷みやすくなる状態のことです。サリドロシドは、この NRF2 に関わる細胞保護の流れ(いわゆる抗酸化作用)を支えながら、NF-κB の過剰な働きを抑える働きをしていました。さらに、傷みが進んだ細胞が自ら死んでいく過程(アポトーシス)も抑えられる可能性が示されました。

 もちろん、この研究をそのまま患者さんの話に置き換えることはできません。調べられたのは突発性難聴そのものではなく、ラットの耳の細胞を使った基礎研究です(こうした体の外で細胞や組織を扱う研究を in vitro といいます)。言い方は悪いですが、「飲ませて試したのではなく、耳の細胞に直接加えて反応を見た」わけです。しかも、論文で扱われているのは、あくまで紅景天に含まれるサリドロシドという単一成分です。市販の紅景天サプリメントは製品ごとに成分の中身も量も異なりますから、論文の結果をそのまま「サプリメント摂取の結果」と結びつけるのは早計です。

 それでも、この研究には意味があると考えられます。耳の細胞が傷んでいく一連の流れに対して、どのような働きかけが有効な手段となり得るのか。その方向性を具体的に示しているからです。

この研究が突発性難聴を考えるうえで参考になる理由

 突発性難聴の場合、発症したら一刻も早く耳鼻咽喉科を受診し、標準治療を受けるのが大前提です。
 そのうえで、症状が長引いたり、耳鳴りや閉塞感が残ったり、不安や睡眠の乱れが重なったりすると、「いったい耳の中では何が起きているのだろう」といった疑問が浮かぶ方がいらっしゃいます。
 サリドロシドの研究が示しているのは、聴こえに関する細胞の障害を、「酸化ストレス、炎症、細胞保護、アポトーシス」といったレベルでも見られるということです。突発性難聴のすべてが同じ原因やメカニズムで引き起こされているわけではありませんが、内耳の細胞を守るという発想は、回復を考えるうえで無視できない視点です。
「細胞を傷つけやすい環境にあるのかも」
「細胞を守る側の働きが弱っているのかも」
 そうした見方が加わることで、病院での治療中・後の過ごし方が変わってくるかもしれません。

鍼灸はどこに関わるのか

 突発性難聴に対して鍼灸を行うとき、もちろん耳に対する影響を第一に狙うのですが、実際には、他の要素に対する働きかけも同時に行っています。首肩の強いこわばり、眠りの浅さ、心身の緊張、不安の強さが重なって、耳の症状をよりつらく感じている方も少なくないからです。
 基礎研究では、鍼灸による自律神経や炎症反応・免疫系への作用が報告されています。そこには、NF-κB に関連する炎症反応を抑えることや、NRF2 に関連する抗酸化・細胞保護の働きに寄与することを示唆するものも含まれます。
 加えて、鍼灸には突発性難聴を対象にした臨床研究のまとめ(系統的レビューやメタアナリシスと呼ばれます)があります。Zhangらによる2015年報告では、鍼治療+西洋医学的治療(WMCT)はWMCT単独より、有効率や聴力改善で良好な結果を示しました。Renらによる2024年の報告でも、鍼治療+WMCTは総有効率、聴力閾値変化、治癒率でWMCT単独より有利とされ、鍼治療単独でも、少なくとも総有効率と治癒率ではWMCTより良い結果が示されています。とはいえ、この報告の結果部分だけを鵜呑みにすることもできません。両方の報告において、研究の質の低さ、方法論上の欠点、出版バイアス(結果が良い場合にのみ発表されがち)の可能性が指摘されています。
 したがって、鍼灸で突発性難聴を根本から治すとまでは言えませんが、補助療法として併用することは十分検討に値すると言ってよいと思われます。

スーパーライザー(近赤外線照射)はどう考えるか

 スーパーライザーによる近赤外線照射は、性格の異なる二つの使い方があります。

星状神経節・上頚神経節近傍への照射

 一つ目の方法は、首まわりの交感神経へ照射することで抑制的に働きかけ、副交感神経優位となることを狙った方法です。突発性難聴の背景には、血流や免疫の問題が関わっているのではないかという考え方があります。そのような場合、星状神経節や上頚神経節近傍への照射は、副交感神経の働きによって間接的に耳の深部に関わる循環や免疫系の動態を整える手段となります。
 この考え方に近い突発性難聴の臨床報告として、星状神経節ブロック(注射)に上頚神経節近傍へのレーザー照射を組み合わせた群の方が、SGB単独群より治療成績が良好だったという田畑ら(2004)の報告があります。これは、通常治療に加えて頚部交感神経系へのアプローチを重ねたものと考えることができます。
 研究デザイン上の限界もあるので、この報告だけで効果を断定することはできませんが、星状神経節ブロックの代替として近赤外線照射が利用される事例があることも加味すると、星状神経節および上頚神経節近傍へのスーパーライザーによる近赤外線照射は、突発性難聴における施術の選択肢となり得るものと考えられます。

耳内への照射

 もう一つは、耳の穴(外耳腔・外耳道)から蝸牛(内耳にある音を感知する器官)方向へ光を当てる方法です。こちらは、頚部の交感神経系を介した間接的なアプローチというより、内耳に対するより直接的な光刺激となります。
 Rheeら(2013)の研究では、ゲンタマイシンで耳の細胞を傷めたラットに対して、耳の穴から蝸牛へ向けて低出力レーザー(スーパーライザーにも含まれる830nmの波長の光)を照射しました。その結果、レーザーを当てた群は、当てなかった群に比べて、蝸牛の有毛細胞がより多く保たれ、聴力も改善した一方で、鼓膜などには大きな問題がみられなかったと報告されています。もちろん、この結果も、そのまま突発性難聴の患者さんに当てはめることはできません。生体を使ったとはいえ、あくまで耳毒性難聴モデルであり、突発性難聴そのものを対象にした臨床研究ではないからです。
 それでも、耳の穴からの照射でも蝸牛へ一定量の光が届き、有毛細胞や聴力に変化が生じ得ることを示した点において、スーパーライザーの耳内照射を選択するうえでの貴重なデータと言えます。

 紅景天由来サリドロシドの論文も、同じくゲンタマイシンを使った耳毒性難聴モデルを用いています。サリドロシドの論文はラット蝸牛組織を使った基礎研究(in vitro)で、Rheeらは生体ラットでの耳内照射(このような生体内での反応を見る試験を in vivo といいます)ですから、同列には置けません。とはいえ、同じタイプの内耳障害モデルを、片方は生薬由来成分、もう片方は光刺激と、別々のアプローチを用いたにもかかわらず得られた結果は似ているという点が興味深いです。

さいごに

 紅景天由来サリドロシド、鍼灸、近赤外線照射は、アプローチアングルこそ違いますが、見ている先には共通するところがあります。細胞を傷つけやすい反応を鎮めること、細胞を守る側の働きを支えること、そして傷んだ細胞が自ら死んでいく過程(アポトーシス)を抑えることです。
 この記事で何度か触れた NF-κB は、炎症や細胞ストレスに関わる反応を進めやすいタンパク質の一種です。反対に NRF2 は、酸化ストレスから細胞を守る働きに関わるタンパク質の一種です。耳の細胞にとっては、この二つのバランスが重要なのではないか。そして、「細胞ストレス仮説」は突発性難聴の要因としてかなり有力なのではないか。今回取り上げた紅景天由来サリドロシドの論文は、そのことを改めて考えさせる内容でした。

 これまで当院では、突発性難聴に対して鍼灸とスーパーライザーを組み合わせたアプローチを行ってきました。そこに今後、紅景天サプリメントという選択肢も加えられるかもしれない。そんな視点を持ちながら、今後も紅景天由来サリドロシドに関する研究を追いかけてみたいと考えています。

【参考文献】
神崎 晶. 突発性難聴の最近の動向. 日本耳鼻咽喉科学会会報. 2017;120(8):1100-1101.
Zhang Y, Yu S, Guo X, Wang L, Yu L, Wang P. Therapeutic potential of salidroside in preserving rat cochlea organ of corti from gentamicin-induced injury through modulation of NRF2 signaling and GSK3β/NF-κB pathway. PLoS One. 2024 Mar 14;19(3):e0298529.
Zhang XC, Xu XP, Xu WT, Hou WZ, Cheng YY, Li CX, Ni GX. Acupuncture therapy for sudden sensorineural hearing loss: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. PLoS One. 2015 Apr
Ren W, Tao B, Deng H. The efficacy and safety of acupuncture in the treatment of sudden sensorineural hearing loss: A systematic review and meta-analysis. Integr Med Res. 2024 Dec;13(4):101087.
田畑美織, 松本延幸, 村上康郎, 水上智, 松本勲. 突発性難聴に対する星状神経節ブロックと上頚神経節近傍レーザー照射療法併用の効果. 日本臨床麻酔学会誌. 2004;24(6):206-211.
Rhee CK, He P, Jung JY, Ahn JC, Chung PS, Lee MY, Suh MW. Effect of low-level laser treatment on cochlea hair-cell recovery after ototoxic hearing loss. J Biomed Opt. 2013 Dec;18(12):128003.


費用

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