突発性難聴の治療法|ステロイドの効果と副作用

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急な片耳の難聴とめまい、それは突発性難聴かも?

突発性難聴の原因は実は不明? 考えられる要因とは

 突発性難聴とは、「前触れもなく突然、片側の耳が聞こえなくなる」感音性難聴で、原因がはっきりしないことが特徴です。 日本聴覚医学会の定義では、「原因不明の急性感音難聴であり、発症までの期間が72時間以内、片側性であり、25dB以上の難聴が連続する3つの周波数で認められるもの」とされています 。

 その病態にはいくつかの仮説があります。

  • ウイルス感染説
    内耳や蝸牛神経にウイルスが侵入し、炎症や神経障害を引き起こすとする説。単純ヘルペスウイルス(HSV)やサイトメガロウイルス(CMV)などが関連する可能性が指摘されています 。
  • 循環障害説
    内耳の血流が一時的に遮断され、酸素や栄養が行き渡らずに聴力が低下するとする説。
  • 自己免疫説
    自己免疫反応により内耳の組織が攻撃され、炎症が起きるとする説 。
  • ストレス・自律神経関与説
    心理的・身体的ストレスが内耳の血流や神経伝達に影響する可能性もあります。

 これらは単独ではなく、複合的に作用していると考えられています。

難聴だけではない、耳鳴りやめまいなど典型的な症状

 突発性難聴の典型的な症状は次のようなものです。

  • 突然の片耳の聞こえにくさ
  • 耳鳴り(高音の「キーン」「ピー」といった音が続く)
  • 耳閉感(耳が詰まったような感覚)
  • めまい(ふらつき、回転性など)
  • 自声強調(自分の声が異常に大きく、または響いて聞こえる)
  • 聴覚過敏(周囲の音が響く・うるさく聞こえる)

 特に耳鳴りと耳閉感は約90%以上の症例で見られるとされており、生活の質(QOL)にも大きな影響を及ぼします 。

なぜステロイド剤が突発性難聴の治療に使われるのか?

聴こえの細胞が「攻撃」されている? ステロイドが必要な理由

 突発性難聴は、ある日突然片耳が聞こえにくくなる病気です。
 その原因は「不明」とされることが多いものの、医療現場ではいくつかの有力な仮説が存在しており、その多くが内耳に炎症が起こっている可能性を示唆しています。
 中でも注目されているのが、ウイルス感染説と自己免疫説です。

鼻や喉のウイルスが、耳から内耳へ侵入する?

 Merchantら(2005)は、病理解剖例の検討から、突発性難聴の背景にウイルス感染がある可能性を指摘しています。
 特に注目すべきは、ウイルスが鼻や喉の奥から「耳管(じかん)」を通じて中耳へ入り、さらに内耳に侵入する可能性があるという点です。耳管は鼻咽腔と中耳(鼓室)をつなぐ通路であり、風邪や上気道感染の際にウイルスや炎症性物質がここを通って鼓室に入り込むことがあります。さらに、鼓膜の奥には「正円窓」や「卵円窓」と呼ばれる薄い膜があり、これらを通してウイルスが内耳に達すると、蝸牛の有毛細胞や聴神経が直接ダメージを受ける可能性があるのです。
 実際にMerchantらは、蝸牛神経の変性や有毛細胞の脱落といった、ウイルス感染による障害を疑わせる病理所見を報告しています。

自分の免疫が「誤って」耳を攻撃している?

 もう一つの原因として考えられているのが、自分の免疫が、自分の耳を攻撃してしまう現象です。
 Nathaelら(2020)の研究によると、内耳には異物を見つけて免疫の働きを引き起こす細胞(抗原提示細胞)や、炎症を進める物質(補体)などが存在していて、これらの本来なら自分の体を守るための仕組みが、何らかのきっかけで誤って耳の細胞を「敵」とみなしてしまうことがあるとのこと。このような状態は「自己免疫性内耳疾患(AIED)」と呼ばれます。また、原田(1991)の報告では、内耳の中に免疫の働きを担う細胞(マクロファージ)が集まっていたり、血管のまわりで炎症が起きていたりする様子が観察されています。こうした変化は、免疫の働きが過剰になって炎症を起こしている証拠だと考えられています。
 つまり、突発性難聴は、風邪などのウイルス感染のような「外からの原因」だけでなく、体の中の免疫バランスが崩れて耳の中で炎症を起こしてしまう「内なる原因」も関係している可能性があります。
 ただし、Nathaelら(2020)の報告では、「自己免疫の異常だけで突発性難聴が起こることは、実際にはあまり多くない」とされています。
 それでも、たとえばウイルス感染をきっかけに、免疫の反応が必要以上に強くなり、耳の中の細胞まで巻き込んでしまうことはあるようです。
 実際、原田(1991)の報告では、めまいをともなう突発性難聴の患者で、アレルギー反応の一種を引き起こす物質(アナフィラトキシン)が増えていたことが示唆されています。これは、感染後の免疫反応が内耳の炎症につながっている可能性を示すものです。

 「自分の体を守るはずの免疫反応が、かえって耳の働きを乱してしまうことがある」──それが、突発性難聴のもう一つの側面なのです。

ステロイドは「炎症の暴走を止める薬」

 こうしたウイルスや免疫の異常によって生じた炎症反応を抑えること。
 それが、ステロイド療法の最大の目的です。
 プレドニゾロンやデキサメサゾンといった副腎皮質ステロイドは、次のような作用を発揮します。

  • 炎症性サイトカインの産生を抑制する
    内耳の浮腫や組織破壊を抑える。
  • 免疫細胞の過剰反応を抑える
    自己免疫的な障害を制御。
  • 血管透過性を低下させる
    内耳内の水分バランスを整え、聴覚細胞の機能回復を促す。

 日本の診療ガイドライン(2018年版)でも、ステロイド全身投与は発症2週間以内の患者に推奨される治療法と位置づけられています。

炎症が「手遅れ」になる前に始めることが重要

 突発性難聴のもう一つの特徴は、時間との勝負であるということです。
 Merchantらの報告では、内耳の障害が進行すると、聴神経の変性や有毛細胞の壊死が不可逆的になり、聴力の回復が難しくなるとされています。実際、多くの研究でも「発症から7日以内」「遅くとも14日以内」の治療開始が、明確に回復率に影響するとされています(詳細は後述)。

 つまり、ウイルスや免疫による「見えない炎症」をいち早く食い止めるために、ステロイドが必要なのです。

治療のスタートが重要!ステロイド治療開始のタイミング

 突発性難聴の治療では、「どの薬を使うか」よりも「いつから治療を開始するか」が極めて重要です。多くの文献で一致しているのは、発症から2週間以内、特に最初の7日以内が勝負であるという点です。

 例えば、以下の報告があります:

  • 水吉ら(2023)
    ステロイドと高気圧酸素療法を併用した患者のうち、発症から14日以内に治療を始めた群では78.1%が「回復」またはそれ以上の改善を示したのに対し、14日を過ぎてから開始した群ではわずか10.0%にとどまりました。
  • Khaterら(2018)
    発症から早期(5日以内)に治療を始めた患者では、平均で約39.4dBの聴力回復が見られたのに対し、発症から6日以降に治療を始めた群では約23.3dBにとどまりました。治療を早く始めた方が、回復する聴力の幅が明らかに大きいことが示されています。

 このことからも、「治療はできるだけ早く始めること」が、回復の鍵であるとわかります。

点滴や内服薬、ステロイド投与方法の違いは何?

ステロイドの投与には主に次のような方法があります。

  • 内服(経口)
    最も一般的。プレドニゾロンが使用される。副作用管理が必要。 標準的な初期治療として。
  • 点滴(静脈内投与)
    内服が難しい場合や、重症例で使用される。入院管理時に使用されることが多い。
  • 鼓室内注入
    デキサメタゾンを鼓膜から直接中耳腔へ注入。全身副作用が少ない。 内服で効果不十分な場合や、全身状態に制限がある場合。

 特に鼓室内注入療法は、近年注目されている方法です。佐々木ら(2015)は、デキサメサゾンの5日間連続注入を初期単独治療として実施し、平均利得が26.2dBと良好な成績を示したことを報告しました。また、鈴木ら(2011)の研究では、HBO群よりもITステロイド群の有効率が有意に高いと報告しており(81.8% vs 68.4%)、早期導入の有用性が示唆されています。

知っておくべきステロイド治療で起こり得る副作用と注意点

 ステロイドは、内耳の炎症を抑え聴力回復を目指す強力な治療薬ですが、その一方で、全身に作用する薬剤であるがゆえの副作用にも注意が必要です。とくにプレドニゾロンのような経口投与では、短期間でも副作用が現れる可能性があるため、医師の指導のもとでの慎重な使用が求められます。

血糖値上昇や睡眠障害、注意したい副作用リスト

 以下は、短期投与(数日〜2週間)でも起こり得る副作用の例です。(鈴木, 2020を基に作成)

  • 血糖値の上昇
    糖尿病のある方は特に注意。空腹時血糖やHbA1cのモニタリングが推奨されます。
  • 胃腸障害
    胃痛や胃もたれ、胃潰瘍のリスク。必要に応じて胃薬(プロトンポンプ阻害薬など)を併用。
  • 不眠や気分の変動
    ステロイドは脳にも作用し、興奮や不安感、イライラ、不眠を引き起こすことがあります。
  • 感染症リスクの増加
    免疫抑制作用により、風邪などの感染症にかかりやすくなる可能性があります。
  • むくみ・体重増加
    水分貯留や食欲増進によるもの。
  • 高血圧・動悸
    血管収縮作用や電解質異常の影響。

 特に中高年の方や、糖尿病・高血圧・骨粗鬆症の既往がある場合には、基礎疾患とのバランスを見ながら治療が必要です。

副作用を最小限に抑えるための生活上のポイント

 ステロイドの副作用を和らげるために、以下のような対策が役立ちます。(鈴木, 2020、東京医科大学病院 薬剤部, お薬のしおりNo,225を基に作成)

  • 服薬時間は朝に固定する
    体内リズムに合わせ、副作用を抑えやすくなります。
  • 塩分を控えめにする
    むくみや高血圧を予防。
  • タンパク質やビタミン、カルシウムをしっかり摂取
    筋力や骨密度の低下を防ぎます。
  • 体調変化を記録する
    不眠・動悸・血糖の上昇などを感じたらすぐに主治医に相談を。
  • 予防的に胃薬を服用する
    消化管への負担軽減。
  • 糖尿病や高血圧の既往がある方は主治医と連携
    薬の調整や併用管理が必要になることがあります。

 また、副作用のリスクが高い方や内服が困難な方には、鼓室内注入療法という選択肢もあります。これは局所にのみ作用するため、全身性の副作用が少ないという利点があります。

入院は必要?治療期間や回復までの経過について

治療は通院か入院か

 突発性難聴の治療は、症状の重症度や全身状態、投与法の選択によって「通院」か「入院」かが決まります。

  • 軽症例・中等症例
    プレドニゾロン内服を中心に、通院での治療が一般的です。
  • 重症例や改善が乏しい場合
    プレドニゾロンの点滴やステロイドパルス療法(大量短期投与)を行うため、入院が勧められることもあります。
  • 鼓室内注入や高気圧酸素療法を併用する場合
    治療体制によっては、短期間の入院が必要になる場合もあります。特に「パルス療法+HBO併用+鼓室内注入」のように複数の治療法を一度に行う場合、入院による集中管理が望ましいとされます。

回復までの期間と予後

 突発性難聴の予後は、次のような要因によって大きく変わると言われています。

  • 発症から治療開始までの時間
    7日以内が理想。14日を超えると回復率が大きく低下
  • 初診時の聴力レベル
    中等度までの難聴は回復しやすいが、重度(≧70dB)は回復率が下がる
  • 耳鳴・めまいの有無
    めまいを伴う症例では回復率が低い傾向がある
  • 年齢・基礎疾患
    高齢者や糖尿病・高血圧のある方は慎重な治療管理が必要

 水吉ら(2023)によれば、14日以内に治療開始した群では78.1%が「回復」またはそれ以上に分類されましたが、14日超ではわずか10.0%と、開始時期が予後に大きな影響を与えることがわかっています。

治療終了後も耳のケアは続く

治療終了後も次のようなフォローが必要です。

  • 定期的な聴力検査
    後遺症の評価や再発リスクの確認
  • 耳鳴りや詰まり感の残存
    必要に応じて補完療法(鍼灸、心理的ケアなど)を取り入れる
  • ストレスマネジメント
    ストレスは再発のリスク因子ともされており、日常生活の見直しが重要となります。

 このように、突発性難聴の治療は単に薬を飲むだけでなく、早期対応・副作用管理・治療後の生活改善までを含めた包括的なケアが必要であると考えられています。

結論──ステロイドは、正しく知って、納得して使う薬

 突発性難聴の治療において、ステロイド療法は第一選択として多くの医師に用いられています。それは、「内耳で起きているかもしれない炎症を抑え、聴こえを守る」という、明確な医学的目的があるからです。

 鼻や喉からウイルスが侵入して内耳に炎症を起こす
 あるいは、免疫が暴走して、自分自身の耳を攻撃してしまう

 そんな「見えない敵」との戦いに、ステロイドは欠かせない治療手段なのです。
 一方で、副作用への不安や、治療効果の個人差があることもまた事実です。だからこそ、この記事では、効果だけでなく副作用や投与方法の違い、補完的な選択肢までを網羅的に紹介してきました。
 重要なのは、ステロイドが必要なときに、必要なかたちで、正しく使うこと。そのためには、自分の状態や選べる治療法について正しく知り、納得して選ぶことが、何よりも大切です。
 治療は「早ければ早いほど」回復の可能性が高まる一方で、たとえ改善が乏しくても、そこで終わりではありません。鼓室内注入、高気圧酸素療法、漢方など、段階に応じて選べる方法があり、それらの併用によって新たな可能性が開けることもあります。
 そして、治療の中心にいるのは「あなた自身」です。
 どんな選択をするか、不安な気持ちにどう向き合うか。一人で悩まず、信頼できる専門家と一緒に考えていくことで、「まだできることがある」と感じられるかもしれません。
 突発性難聴という突然の出来事に戸惑う日々の中で、この記事が、治療への一歩を踏み出すための小さな支えとなれば幸いです。

本記事では、突発性難聴とステロイド治療に関する複雑な医療情報を、なるべく正確かつわかりやすくお伝えすることを心がけました。とはいえ、執筆者は医師ではなく鍼灸師です。どれほど丁寧に調べて書いても、限界があることもまた事実です。情報は“参考”として受け止めていただき、最終的な判断や詳細は、信頼できる医療機関で確認することを強くおすすめします。

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