産後に下痢や腹痛が続くのは過敏性腸症候群(IBS)かもしれない ― お腹の悩み対策ガイド ―

「出産してからお腹の調子が戻らない」「下痢や腹痛が何週間も続いている」――そんな声は決して珍しくありません。出産は女性の体にとって大きな出来事であり、ホルモン・自律神経・筋肉・腸内環境などが大きく変化します。その結果、お腹の不調を感じる方が多いのです。

 こうしたお腹のトラブルの中には、「過敏性腸症候群(IBS)」と呼ばれる病気が隠れている可能性があります。この記事では、産後のお腹のトラブルとIBSの関係を最新の研究とともに解説し、対策のヒントをお伝えします。

目次

なぜ産後はお腹の不調が起こりやすいのか?

 産後にお腹の不調が起こる原因はいくつか考えられます。

ホルモンの急激な変化

 妊娠中に高まっていた女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)は、出産後に急激に減少します。これらのホルモンは腸の運動や感受性にも関わっており、そのバランスの変化が便通異常や腹痛を引き起こすことがあります。

自律神経の乱れとストレス

 赤ちゃんのお世話による睡眠不足や精神的ストレスは、自律神経のバランスを乱します。腸は「第二の脳」とも呼ばれるほど自律神経の影響を強く受ける臓器であり、ストレスが続くことで腹痛や下痢・便秘の悪化する可能性が高まります。

骨盤底・会陰部への影響

 分娩によって骨盤底の筋肉や肛門括約筋に負担がかかり、排便コントロールが変化することがあります。
英国の研究では、出産後に新たな便失禁(便意切迫や汚染を含む)が4%に生じ、器械分娩が独立したリスク因子と報告されています(MacArthurら, 1997)。
 さらに初産婦を対象とした前向き研究では、経腟分娩後に25%で排便コントロールの低下(便やガスを我慢しにくい状態)がみられ、45%で肛門の筋肉に機能的な変化が確認されました。また、器械分娩や分娩第2期の延長がリスク増と関連していました(Donnellyら, 1998)。
こうした骨盤底への影響は、排便習慣やガスコントロールの変化につながり、産後の腸症状を悪化させる一因となる可能性があります。

腸内細菌叢(マイクロバイオーム)の変化

 妊娠や出産を経ると腸内細菌のバランスも変わることが分かっています。腸内細菌叢は免疫や消化機能に関わるため、その乱れは便通異常や腹痛につながります。

過敏性腸症候群(IBS)とは?

 IBSは「繰り返す腹痛」と「便通異常(下痢・便秘・交替型)」が特徴の病気です。大腸カメラや血液検査をしても目立った異常が見つからないため、「機能性消化管疾患」と呼ばれます。
 診断には国際的に用いられる Rome IV基準 があり、過去3か月以上にわたり腹痛が繰り返し、便通異常と関連している場合にIBSが疑われます。
 IBSは腸だけの問題ではなく、腸と脳をつなぐネットワーク(腸脳相関)の乱れが関わっていると考えられています。そのため、心理的ストレスやホルモン変動が症状を悪化させることもあります。

出産とIBSの関係

 出産後にお腹の調子を崩す可能性があることは分かりました。では、出産とIBSとには関連性があるのでしょうか。

出産がIBSの発症リスクを高める明確な証拠はない

 出産そのものがIBSの新規発症リスクを高めるという明確な証拠はありません。Galica(2023)の研究では、帝王切開と自然分娩を比較したところ、IBSの発症率に有意な差は認められず、全体の有病率も約4.6%で一般女性と同程度でした。つまり、分娩の形式に関わらず、出産が新たなIBS発症の主な引き金となる可能性は低いと考えられます。

既存のIBSが悪化しやすい

 出産そのものがIBSの新規発症リスクを大きく高めるわけではない一方で、もともとIBSを持っていた女性は、産後に症状が強く出たり、便秘や下痢などのタイプが変化することがあります。特に便秘型IBSが優勢にみられたという報告があります。

心理的要因との関連

 妊娠・産後のIBS患者は、不安やうつを合併しやすいことが知られています。Maranoら(2025)のレビューでも、女性IBS患者は心理的苦痛との関連が強く、産後ストレスが症状を悪化させる要因となることが示されています。

IBS以外に考えられる病気もある

 産後に下痢や腹痛が続くからといって、すべてがIBSではありません。以下の病気も鑑別が必要です。

  • 感染性腸炎:細菌やウイルスによる一過性の下痢
  • 炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病):血便や体重減少を伴う
  • 甲状腺機能異常:産後に起こりやすく、下痢や便秘を引き起こすことがある
  • 薬剤性下痢:抗菌薬や下剤、制酸薬などの使用により腸内細菌叢のバランスが乱れ、下痢を引き起こすことがあります。授乳中に抗菌薬を使用する場合にも注意が必要です。

 日本のIBS診療ガイドライン2020では、血便・体重減少・貧血などの警告症状(器質的疾患を疑う徴候)がある場合は、IBSではなく器質的疾患を疑って検査を行う必要があると明記されています。発熱があったり症状が2週間以上続いたるする場合にも、必ず消化器内科を受診してください。

海外の解説・報告から見る産後女性のお腹のトラブル

 産後にIBS新規発症のリスクが高まる証拠はありませんが、過去にIBSだった人は再発のリスクがあり、IBSではなくとも、産後はお腹のトラブルに見舞われる可能性があるということでした。このようなお腹のトラブルについて、海外の情報サイト等でどのように扱われているかを紹介します。

Verywell Health の解説

米国の健康情報サイト Verywell Health では、産後女性の多くが便秘・下痢・ガス・腹痛といった腸の問題に直面すると解説しています。その背景には、分娩による骨盤底の負担やホルモン変化があるとされ、「産後の腸トラブルは珍しいことではない」と読者に伝えています。

Orlando Health の報告

フロリダ州の医療機関 Orlando Health の解説では、「出産後の排便や尿の問題はよくあることで、恥ずかしがらずに医師に相談することが大切」と強調されています。腸や泌尿器のトラブルを“仕方ないこと”と我慢してしまう女性は少なくありませんが、医療的なケアを受けることで改善できるケースが多いと指摘しています。

MedPage Today の報告

医療専門ニュースサイト MedPage Today では、妊娠・産後の女性におけるIBSの有病率や心理的な併存症について紹介されています。特に、IBSを持つ妊娠・産後女性は不安やうつを抱える割合が高く、消化器症状の治療だけでなくメンタルヘルスのサポートが必要だと強調されています。

IBS診療ガイドラインに基づく対策

 出産後の腸トラブルがIBSと関係している場合、まずは「どう対処すればいいのか」が気になるところです。消化器内科を受診するのはもちろんですが、ここでは、日本の『IBS診療ガイドライン2020』および米国の『ACG臨床ガイドライン2021』に基づき、科学的根拠のある主な治療・対策を紹介します。これらは産後女性に特化した内容ではありませんが、IBSの基本的な管理方針として有効性が確認されている方法です。この記事の執筆者は鍼灸師なので、病気を診断したり薬を処方したりはできませんが、一般的な知識としてご覧ください。

食事療法
  • 低FODMAP食の試行
    ACG臨床ガイドライン2021では、IBS患者に対し 短期間の低FODMAP食 を行うことが症状改善に有効とされています。
    一方、日本のIBS診療ガイドライン2020では、欧米の方法をそのまま日本人に適用するのは難しいとしながらも、食事内容の工夫が症状改善に寄与する可能性があると記載されています。
薬物療法
  • 下痢型IBS
    リファキシミン(非吸収性抗菌薬)が推奨薬の一つ(ACG 2021)。
  • 便秘型IBS
    ルビプロストンやリナクロチドが有効とされる(ACG 2021、日本ガイドライン2020)。
  • 一般的対応
    下痢止め、下剤、整腸剤など、タイプに応じた薬剤の使用が推奨される(日本ガイドライン2020)。
心理社会的アプローチ
  • 認知行動療法や腸管に焦点を当てた心理療法がIBSの症状改善に有効(ACG 2021)。
  • 日本のガイドライン2020でも、心理的因子がIBSに影響することを明記しており、必要に応じ心理療法を検討するとされている。

産後女性に特化して追加できるケア

 産後女性におけるIBSのケアは、ガイドラインに沿った一般的な治療だけでは十分とは限りません。出産そのものが身体や心理に与える影響は大きく、従来のIBS患者とは異なる課題を抱えることがあります。ここでは、提出された研究論文から読み取れる「産後女性だからこそ考慮すべき追加の視点」を整理します。

骨盤底機能と排便コントロール

Donnellyら(1998)は、産後6週間時点でIBSを持つ女性は「便意の切迫感」や「ガスのコントロール困難」を経験しやすいと報告しました。分娩による骨盤底筋や肛門括約筋への影響を考慮し、排便コントロールの工夫やリハビリ的介入が有用と考えられます。

分娩様式とIBS発症リスク

Galica(2023)の研究では、帝王切開はIBSの新規発症リスクを有意に高めないとされました。つまり、帝王切開であっても自然分娩であっても、症状が続く場合はIBSを含めた診断が必要です。

心理的苦痛とメンタルサポート

Marano(2025)のレビューでは、女性IBS患者は心理的苦痛や不安・うつとの関連が特に強いことが報告されています。産後はホルモン変化や育児ストレスが加わるため、心理的ケアを含めた支援が重要になります。

子宮内膜症との関連(鑑別の視点)

Mikeltadze(2022)は、子宮内膜症とIBSは症状が重なりやすく、合併例も多いと指摘しています。産後も子宮内膜症が再燃することがあり、婦人科的背景を考慮した診断が必要です。

まとめ

 産後の下痢や腹痛は「IBSを新しく発症する」よりも、既存のIBSが悪化・変化しやすいことがポイントです。

  • ホルモン変動、ストレス、自律神経の乱れ、骨盤底への影響が複雑に関与
  • IBSと診断するには、感染性腸炎や炎症性腸疾患など他疾患の除外が不可欠
  • ガイドラインに基づく治療(低FODMAP食、薬物、心理療法)が基本
  • さらに産後女性では、骨盤底機能の影響、分娩様式、心理的苦痛、婦人科疾患との関連といった特有の要因を踏まえることが重要

 症状が長引くときは「産後だから仕方ない」と放置せず、消化器内科で診断を受けましょう。IBSを含め、産後の腸トラブルは適切な医療と生活工夫で改善が期待できます。

 あなたの体調と心の安定は、育児にも直結します。腸のサインを無視せず、専門家に相談することが「快適な産後生活」への第一歩です。

【参考文献・参考サイト】
MacArthur C, Bick DE, Keighley MR. Faecal incontinence after childbirth. Br J Obstet Gynaecol. 1997 Jan;104(1):46-50. doi: 10.1111/j.1471-0528.1997.tb10648.x. PMID: 8988696.
Donnelly V, Fynes M, Campbell D, Johnson H, O’Connell PR, O’Herlihy C. Obstetric events leading to anal sphincter damage. Obstet Gynecol. 1998 Dec;92(6):955-61. doi: 10.1016/s0029-7844(98)00255-5. PMID: 9840557.
日本消化器病学会. 機能性消化管疾患診療ガイドライン2020―過敏性腸症候群(IBS) (改訂第2版). 南江堂, 2020.
Lacy BE, Pimentel M, Brenner DM, Chey WD, Keefer LA, Long MD, Moshiree B. ACG Clinical Guideline: Management of Irritable Bowel Syndrome. Am J Gastroenterol. 2021 Jan 1;116(1):17-44.
Galica AN, Grabocka E, Dumitrascu DL. Is C-section a risk factor for the early onset of irritable bowel syndrome? Med Pharm Rep. 2023 Apr;96(2):164-169. doi: 10.15386/mpr-2536. Epub 2023 Apr 27. PMID: 37197271; PMCID: PMC10184524.
Barbara Bolen. Bowel Problems After Childbirth. Verywell Health. 2025 Sep 6. https://www.verywellhealth.com/bowel-problems-after-childbirth-1945367, (参照 2025-10-01).
Charbel Salamon. Urinary and Bowel Problems After Pregnancy – You’re Not Alone. Orlando Health Women’s Institute. 2021 October 22. https://www.orlandohealth.com/services-and-specialties/orlando-health-womens-institute/content-hub/urinary-and-bowel-problems-after-pregnancy-youre-not-alone, (参照 2025-10-01).
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Peters M, Mikeltadze I, Karro H, Saare M; Estonian Biobank Research Team; Salumets A, Mägi R, Laisk T. Endometriosis and irritable bowel syndrome: similarities and differences in the spectrum of comorbidities. Hum Reprod. 2022 Aug 25;37(9):2186-2196. doi: 10.1093/humrep/deac140. PMID: 35713579.
Marano G, Traversi G, Pola R, Gasbarrini A, Gaetani E, Mazza M. Irritable Bowel Syndrome: A Hallmark of Psychological Distress in Women? Life (Basel). 2025 Feb 11;15(2):277. doi: 10.3390/life15020277. PMID: 40003686; PMCID: PMC11856493.


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