胃カメラでは大きな異常がないのに、みぞおちの痛み、胃もたれ、食後の不快感、少し食べただけで満腹になる感覚が続く。こうした症状は、「機能性ディスペプシア」と呼ばれることがあります。機能性ディスペプシアは、単なる「胃の弱さ」や「気のせい」ではありません。現在では、胃や十二指腸の運動、胃酸への感受性、内臓知覚、自律神経、心理的ストレス、腸脳相関などが関わる疾患として理解されています。
英国消化器病学会(British Society of Gastroenterology:BSG)による2022年のガイドラインでも、機能性ディスペプシアは「腸脳相関の疾患」として位置づけられています。つまり、胃や十二指腸だけを見るのではなく、食事、ストレス、症状に対する認知や行動、感情反応、感染後の変化なども含めて、胃腸と脳・神経系の相互作用から考える必要があるということです。
この記事では、英国BSGガイドラインをもとに、機能性ディスペプシアではどのような診断や治療が推奨されているのかを解説します。標準医療、薬物療法、心理的介入、食事療法を確認したうえで、最後に鍼灸を治療の選択肢としてどのように位置づけるかについても触れていきます。
本記事で参照するガイドラインについて
この記事では、主に2022年に発表された英国消化器病学会(BSG)のガイドラインを参照し、「英国では機能性ディスペプシアの診療がどのように考えられているか」を中心に紹介します。
一方で、日本には、2021年に日本消化器病学会から発表された「機能性消化管疾患診療ガイドライン2021―機能性ディスペプシア(FD)」があります。BSGガイドラインは日本版より1年新しいものですが、BSGガイドラインの方が日本版より正しいというわけではありません。国によって、胃がんのリスク、H. pylori(いわゆるピロリ菌)感染率、内視鏡検査の受けやすさ、保険制度、承認薬、食文化、医療政策は異なります。日本での診療では、日本の医療制度と日本消化器病学会ガイドラインを踏まえ、担当医の判断に基づいて進められます。
機能性ディスペプシアとは何か
機能性ディスペプシアは、英語ではFunctional Dyspepsia、略してFDと表記されます。ディスペプシアとは、一般に「胃もたれ」「胃の不快感」「みぞおちの痛み」などを含む上腹部症状を指します。
BSGガイドラインでは、ディスペプシアの主な症状として、みぞおちの痛み、みぞおちの灼けるような感覚、食後の膨満感、早期満腹感などが挙げられています。早期満腹感とは、食事を始めてすぐにお腹がいっぱいになり、通常量を食べられない状態です。
こうした症状を起こす病気には、胃潰瘍、胃がん、逆流性食道炎、胆道系疾患、膵臓疾患などがあります。しかし、検査をしても症状を説明できる構造的な異常が見つからない場合には、機能性ディスペプシアと診断されます。
日本消化器病学会のガイドラインでは、機能性ディスペプシアは「症状の原因となる器質的、全身性、代謝性疾患がないのにもかかわらず、慢性的に心窩部痛や胃もたれなどの心窩部を中心とする腹部症状を呈する疾患」と定義されています。ここでいう「器質的疾患」とは、胃潰瘍や胃がんのように、検査で確認できる構造的な病気を指します。機能性ディスペプシアでは、そうした明確な異常が見つからないにもかかわらず、胃の不快感や痛みが続きます。
胃カメラで異常がないのは珍しくない
胃の症状で医療機関を受診し、必要な検査を受けても、胃潰瘍や胃がんなどの明確な異常が見つからない方は少なくありません。BSGガイドラインでは、ディスペプシアの患者さんのうち、内視鏡検査後に約80%が機能性ディスペプシアと診断されるとされています。
つまり機能性ディスペプシアは、検査で症状を説明できる重大な異常が見つからない場合に診断される病態ですが、その頻度は高く、決して特殊な診断ではないのです。
胃カメラで「異常なし」と言われたのに、胃の不快感が続くと、不安になる方は少なくありません。しかし、内視鏡で見える異常がないことと、症状が医学的に扱われないこと(気のせいにされること)とは同じではありません。機能性ディスペプシアは、検査で説明できる器質的疾患が見つからない上腹部症状に対して、現在の医学で用いられている診断名です。
「腸脳相関の疾患」として理解される理由
BSGガイドラインでは、機能性ディスペプシアを腸脳相関の疾患として説明することが推奨されています。腸脳相関とは、胃腸と脳・神経系が互いに影響し合う仕組みのことです。
緊張すると胃が痛くなる、強いストレスで食欲が落ちる、不安が強い時に吐き気や胃もたれが増える。このような反応には、自律神経、ホルモン、消化管運動、内臓知覚が関係します。
機能性ディスペプシアでは、胃や十二指腸から脳へ送られる信号、脳側での痛みや不快感の処理、ストレス時の身体反応が症状を形作ります。そのため、治療では胃酸を抑える薬だけでなく、胃の運動、神経の過敏性、食事、睡眠、運動、心理的介入を含めて考えることとなります。
日本版ガイドラインでも、機能性ディスペプシアの病態には、胃・十二指腸運動能異常、内臓知覚過敏、心理社会的因子、胃酸、感染性胃腸炎後の変化、ライフスタイル、微小炎症など、多因子が複合的に関与すると説明されています。
大きく2つに分かれる症状のパターン
機能性ディスペプシアは、大きく2つの症状パターンに分けて説明されます。
ひとつは、みぞおちの痛みや灼けるような感覚が中心となるタイプです。これは、心窩部痛症候群(EPS)と呼ばれます。
もうひとつは、食後の胃もたれ、膨満感、早期満腹感が中心となるタイプです。これは、食後愁訴症候群(PDS)と呼ばれます。
実際の診療では、EPSとPDSの症状が重なる患者さんもいます。みぞおちの痛みもあり、食後のもたれもあるといった具合です。そのため治療方針は、症状のタイプだけでなく、食事との関係、ピロリ菌感染の有無、検査歴、薬への反応、生活背景を含めて判断されます。
最も重要なのは、危険な病気との鑑別
機能性ディスペプシアの診療で最初に行われるのは、胃がん、食道がん、胃潰瘍、膵臓疾患など、見逃してはいけない病気が隠れていないかを確認することです。
BSGガイドラインでは、上部消化管の警告症状や徴候がない場合、8週間を超えて続く煩わしいみぞおちの痛み、みぞおちの灼けるような感覚、早期満腹感、食後の膨満感があれば、機能性ディスペプシアと診断することが推奨されています。ここでいう警告症状とは、胃もたれやみぞおちの痛みだけでは説明しきれず、胃がん、食道がん、膵臓疾患などを確認するために詳しい検査を検討すべき症状や所見を指します。年齢、体重減少、治療抵抗性、血液検査の異常、吐き気や嘔吐、胃がんリスク、家族歴などをもとに、内視鏡検査や画像検査の必要性が判断されます。
BSGガイドラインでは、年齢や症状に応じて検査が検討される
BSGガイドラインでは、すべてのディスペプシア(上腹部症状)患者に緊急内視鏡検査を行うわけではありません。
55歳以上でディスペプシアがあり、体重減少を伴う場合には、緊急内視鏡検査が推奨されています。また、胃がんリスクが高い地域の出身者や、胃食道がんの家族歴がある方では、40歳を超えた時点で内視鏡検査の年齢基準を下げることが示されています。さらに、55歳以上で治療に反応しにくいディスペプシアがある場合、血小板数の増加がある場合、吐き気や嘔吐を伴う場合には、非緊急の内視鏡検査を検討するとされています。そして、60歳以上で腹痛と体重減少がある場合には、膵臓がんを除外するために緊急の腹部CT検査を検討するとされています。
このように、BSGガイドラインでは、症状だけでなく、年齢、体重減少、血液検査の結果、治療への反応、がんのリスクを組み合わせて、検査の必要性を判断しています。
それ以外の患者では、H. pylori検査と除菌治療が重視される
BSGガイドラインでは、上記のような検査対象に当てはまらないディスペプシア患者に対して、H. pylori、いわゆるピロリ菌の非侵襲的検査を行い、陽性であれば除菌治療を行うことが推奨されています。これは、test and treatと呼ばれる考え方です。
ピロリ菌の感染がない場合には、経験的な酸分泌抑制療法が推奨されています。つまり、胃酸を抑える薬を用いて症状の改善を確認する方法です。
日本版ガイドラインとの違い
日本版ガイドラインでも、上部消化管内視鏡検査は一律に必須ではないとされています。一方で、日本版では、警告徴候として、高齢での新規症状、体重減少、繰り返す嘔吐、出血、飲み込みにくさ、飲み込む時の痛み、腹部のしこり、発熱、食道がんや胃がんの家族歴などが具体的に挙げられています。
BSGガイドラインで、まず示される治療の選択肢
BSGガイドラインでは、機能性ディスペプシアの治療を段階的に考えています。まず、ピロリ菌感染の有無を確認し、陽性であれば除菌治療を行います。感染がない場合、または除菌後も症状が続く場合には、酸分泌抑制薬や消化管運動改善薬などが検討されます。
また、すべての機能性ディスペプシア患者に対して、定期的な有酸素運動を勧めることが推奨されています。一方で、低FODMAP食を含む特定の食事療法については、機能性ディスペプシアに推奨するには根拠不十分とされています。
ピロリ菌陽性では除菌治療が選択肢になる
BSGガイドラインでは、ピロリ菌陽性の機能性ディスペプシア患者に対して、除菌治療は有効な治療とされています。ピロリ菌は、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃がんリスクなどと関係する細菌でもあります。
BSGガイドラインでは、ピロリ菌検査を行い、陽性であれば除菌治療を行うという流れが、治療の最初の段階に置かれています。
PPIやH2受容体拮抗薬などの胃酸分泌抑制薬
ピロリ菌の感染がない場合、または除菌後も症状が続く場合には、胃酸分泌抑制薬が治療の選択肢になります。
BSGガイドラインでは、PPI(プロトンポンプ阻害薬)は、機能性ディスペプシアに対して有効な治療とされています。また、用量を増やせば効果が高まるという明確な関係は示されていないため、症状を抑えられる範囲で最も低い用量を用いることが推奨されています。
H2受容体拮抗薬については、機能性ディスペプシアに対して有効な治療となる可能性があるとされています。つまり、BSGガイドラインでは、H2受容体拮抗薬よりもPPI(プロトンポンプ阻害薬)の方が、より強く推奨されているということになります。
胃の動きを助ける薬、消化管運動改善薬
食後のもたれ、早期満腹感、膨満感が強い場合には、消化管運動改善薬が使われることがあります。これは、機能性ディスペプシアの中でも、食後愁訴症候群(PDS)に関わる症状です。
BSGガイドラインでは、一部の消化管運動改善薬は機能性ディスペプシアに対して有効な治療となる可能性があるとされています。ただし、有効性は薬剤の種類によって異なり、アジアや米国以外では使用できない薬剤も多いとされています。つまり、「胃の動きを助ける薬」といっても、すべての薬が同じように推奨されているわけではありません。どの消化管運動改善薬を使うかは、使用可能な薬剤、併用薬、副作用、年齢、基礎疾患などを踏まえて判断されます。
有酸素運動と食事への助言
BSGガイドラインでは、すべての機能性ディスペプシア患者に対して、定期的な有酸素運動を勧めることが推奨されています。
根拠の質は非常に低いとされていますが、推奨の強さは強い推奨です。一見すると矛盾した表現に思えますが、これは、機能性ディスペプシアに対する運動療法の研究が十分な量と質ではないことと、運動そのものの安全性や全身への健康効果ははっきりしていて、かつ薬物療法と競合しにくいことによります。したがって、BSGガイドラインでは、運動の強度、時間帯、食後との関係など、具体的な行い方については詳しく示されていません。
食事については、低FODMAP食を含む特定の食事療法を、機能性ディスペプシアに推奨するには根拠不十分とされています。(※食事療法については、後の章であらためて詳しく扱います)
日本版ガイドラインにはどう記されているか
日本版ガイドラインは、機能性ディスペプシアの治療において、症状の説明、患者さんとの治療的関係の構築、生活習慣指導、薬物療法を組み合わせて進める考え方を示しています。
日本版ガイドラインのフローチャートでは、一次治療として、胃酸分泌抑制薬、消化管運動機能改善薬のうちアコチアミド、漢方薬のうち六君子湯が示されています。二次治療としては、抗不安薬・抗うつ薬、アコチアミド以外の消化管運動機能改善薬、六君子湯以外の漢方薬などが位置づけられています。
また、日本版ガイドラインは、生活習慣指導や食事療法について、有用であり、行うことを推奨するとしています。消化管運動機能改善薬については、アセチルコリンエステラーゼ阻害薬、ドパミン受容体拮抗薬、セロトニン5-HT4受容体作動薬に分けて推奨を示しています。
このように、BSGガイドラインと日本版ガイドラインは、胃酸分泌抑制薬、消化管運動改善薬、生活習慣への助言を重視する点では共通しています。一方で、日本版ガイドラインでは、アコチアミドや六君子湯など、日本の診療で用いられる薬剤がより具体的に位置づけられています。
薬で十分に改善しない場合の次の選択肢
ピロリ菌の除菌、酸分泌抑制薬、消化管運動改善薬などを行っても症状が十分に改善しない場合、次の段階として腸脳相関に働きかける薬が検討されます。
ここで重要なのは、抗うつ薬や神経調整薬が使われる場合でも、「精神的な問題だから」という意味ではないことです。機能性ディスペプシアでは、胃や十二指腸からの感覚信号、痛みや不快感を感じる神経経路、腸脳相関が症状に関わります。その過敏性を調整する目的で、低用量の薬が使われます。
三環系抗うつ薬は「神経調整薬」として使われる
BSGガイドラインでは、三環系抗うつ薬(TCA)は、機能性ディスペプシアの第二選択治療として有効とされています。ここでいう「第二選択治療」とは、ピロリ菌の除菌、胃酸分泌抑制薬、消化管運動改善薬などを行っても症状が十分に改善しない場合に、次の段階として検討される治療という意味です。
BSGガイドラインでは、TCAを低用量から開始し、効果と副作用を見ながら、必要に応じて少しずつ増量する方法が示されています。また、眠気、口の渇き、便秘、ふらつきなどの副作用について、あらかじめ説明することも重要とされています。
TCAは「抗うつ薬」に分類される薬ですが、BSGガイドラインでは、機能性ディスペプシアに対して、腸脳相関に関わる神経調整薬として位置づけられています。つまり、胃や十二指腸から脳へ伝わる不快感や痛みの感じ方に働きかける治療として使われます。
SSRIやSNRIは、FD全体への有効性が明確ではない
抗うつ薬といっても、種類によってFDへの位置づけは異なります。
BSGガイドラインでは、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)について、FDの全体症状に対する有効性を示す根拠はないとされています。
また、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)についても、FDの全体症状に対する有効性を示す根拠はないとしています。とはいえSNRIは、他の慢性疼痛疾患で有効性が示されているため、今後さらなる試験が必要とも記されています。
ミルタザピンは早期満腹感などがある場合に処方されるかも
ミルタザピンは、NaSSAと呼ばれる種類に分類される抗うつ薬です。機能性ディスペプシアに対してこの薬が処方される目的は、抑うつ症状ではなく、早期満腹感や体重減少の改善のためです。一方で、BSGガイドラインでは、この推奨の根拠の質は非常に低いとされています。そのため、TCAのように第二選択治療として強く位置づけられている薬とは、扱いが異なります。
以上のように、BSGガイドラインでは、機能性ディスペプシアに対する腸脳相関の薬として、TCA、SSRI、SNRI、ミルタザピンがそれぞれ異なる位置づけで示されています。つまり、腸脳相関に関わる薬といっても、すべてが同じように推奨されているわけではありません。BSGガイドラインでは、TCAを中心に、症状や背景に応じて薬剤の位置づけが分けられています。
なお、日本版ガイドラインでは、抗うつ薬・抗不安薬はFDの二次治療に位置づけられています。胃酸分泌、胃の動き、神経の過敏性、睡眠、食欲、体重減少、心理的負担などを踏まえながら処方薬を選択するという考え方です。
心理的介入は腸脳相関に働きかける治療
機能性ディスペプシアでは、心理的介入も治療選択肢として取り上げられています。ここでいう心理的介入には、認知行動療法、メタ認知療法、ストレスマネジメント、催眠療法、心理療法などが含まれます。
BSGガイドラインでは、FDを腸脳相関の疾患として説明することが重視されています。腸脳相関とは、胃腸と脳・神経系が互いに影響し合う仕組みのことです。そのため、心理的介入は、胃の症状を「気のせい」として扱うものではなく、腸脳相関に働きかける治療として位置づけられます。
認知行動療法、ストレスマネジメント、催眠療法
BSGガイドラインでは、認知行動療法、メタ認知療法、ストレスマネジメント、催眠療法などが、FDの全体症状に対して有効な治療となる可能性があるとされています。ただし、いずれも根拠の質は非常に低いとされています。
心理的介入では、症状への注意の向き方、ストレス時の身体反応、緊張状態、睡眠、食事や活動に対する不安、生活上の回避行動などに目を向けます。胃もたれ、みぞおちの痛み、早期満腹感といった症状は、胃や十二指腸だけでなく、自律神経、脳の痛み処理、情動反応とも関係します。
そのため、心理的介入は胃薬と対立する治療ではありません。身体症状を現実のものとして扱いながら、過敏になった反応や生活上の悪循環を和らげるための治療です。
心理的苦痛が強い人だけに限られない
BSGガイドラインでは、腸脳行動療法の提供は、心理的苦痛が強い人だけに限定されるべきではないと説明されています。これは、心理的介入が「精神的な問題が強い人だけの治療」ではなく、腸脳相関に関わる治療選択肢のひとつとして扱われていることを示しています。
日本版ガイドラインでの心理的介入の位置づけ
日本版ガイドラインでも、機能性ディスペプシアに対する心療内科的治療は有用であり、行うことが提案されています。ここでいう心療内科的治療には、自律訓練法、認知行動療法、催眠療法などが含まれます。
食事との関係は重要だが、特定の食事療法の根拠は限られている
機能性ディスペプシアでは、食事によって症状が誘発されることがあります。BSGガイドラインでは、食事の摂取がFD症状の引き金になることは多く、Rome IV基準でPDS、つまり食後愁訴症候群に当てはまる患者さんが多いと説明されています。PDSでは、食後の胃もたれ、早期満腹感、食後の膨満感が中心になります。そのため、食事との関係を確認することは重要です。
一方で、BSGガイドラインでは、食事療法に関する根拠は限られており、低FODMAP食を含む特定の食事療法を、機能性ディスペプシアに対して推奨するには根拠不十分とされています。
つまり、食事と症状の関係を見ることは大切ですが、「この食事療法をFD全体に広く勧められる」とまでは言えないという位置づけです。
症状を悪化させる食べ物を把握する
BSGガイドラインでは、FDでよく報告される食品トリガーとして、脂肪の多い食品、乳製品、アルコール、コーヒー、炭酸飲料、辛い食品、小麦、柑橘類などが挙げられています。
とはいえこれらは、「すべてのFD患者さんが避けるべき食品」という意味ではありません。どの食品で症状が出やすいかは、人によって異なります。
食事療法でまず実行したいのは、自分にとって症状を悪化させやすい食品や食べ方を把握することです。何を食べた時に、どの症状が、どの程度出るのかを確認することで、必要な調整と不要な制限を分けやすくなります。反対に、「胃に悪そうなものを全部やめる」という方法には注意が必要です。食べられるものがどんどん減っていくと、食事量の低下、体重減少、栄養不足につながることがあります。
大切なのは、明らかに悪化しやすいものを把握しつつ、食べられる範囲を必要以上に狭めないことです。
低FODMAP食などはFDでは根拠が十分とは言えない
低FODMAP食は、過敏性腸症候群、IBSでは比較的よく知られた食事療法です。発酵性の糖質を一時的に制限することで、腹痛、腹部膨満感、下痢などを和らげる目的で用いられます。
しかし、機能性ディスペプシアに対しては、BSGガイドラインでは低FODMAP食を含む食事療法を推奨するには根拠不十分とされています。その理由として、研究規模が小さいこと、IBSを合併している患者さんが多いこと、長期的な再導入や個別化まで十分に検討されていないことなどが指摘されています。
したがって、FDだけを想定して、自己判断で低FODMAP食や強い除去食を続けることは慎重に考える必要があります。IBSを合併している場合には、IBSに対する食事療法として別に検討されることがありますが、その場合も医師や管理栄養士に相談しながら進める方が安全です。
重症・難治例では管理栄養士の関与が重要になる
BSGガイドラインでは、重症または難治性のFDで、体重減少や食事制限がある場合には、摂食障害や回避・制限性食物摂取症、ARFIDを含めた評価が推奨されています。
また、重症または難治性のFDでは、過度に制限された食事を避けるため、早期に管理栄養士が関わることも推奨されています。管理栄養士の関与は、単に栄養量を計算するだけではありません。食事量、体重変化、栄養状態を確認しながら、必要以上の制限を避け、安心して食べられる範囲を保つ支援を行うことです。
日本版ガイドラインでの食事・生活習慣の位置づけ
日本版ガイドラインでは、運動、不眠、高脂肪食、食習慣の乱れなどのライフスタイルが、機能性ディスペプシアと関連する場合があるとしており、生活習慣指導や食事療法を推奨しています。
一方で、低FODMAP食のような特定の食事療法については、BSGガイドラインと同様に、FD全体に広く推奨できるほどの根拠は十分ではないとされています。
重症・難治性の機能性ディスペプシアでは何が必要か
多くの機能性ディスペプシアは、ピロリ菌への対応、薬物療法、生活習慣の調整、食事の工夫などを組み合わせながら、症状を管理していきます。しかし、一部の方では、治療を行っても症状が長く続き、日常生活に大きな支障が出ます。
このような重症・難治性の機能性ディスペプシアでは、単一の治療だけで解決しようとするのではなく、多面的な支援が必要です。BSGガイドラインでも、重症または難治性のFDに対して、多職種による支援チームの関与が推奨されています。
消化器内科、心理職、栄養士など多職種で支える
重症・難治性のFDでは、消化器内科医、かかりつけ医、管理栄養士、心理職などが関わる形が重要になります。これは、機能性ディスペプシアが「胃だけ」の問題ではないことと関係しています。胃酸、胃の運動、内臓知覚、腸脳相関、食事、睡眠、心理的反応、生活上の制限が重なっている場合、それぞれの視点から支援する必要があります。
患者さんにとっても、「胃カメラで異常がないから終わり」ではなく、「症状をどう管理し、生活をどう取り戻すか」まで支援されることが重要です。(※体重減少や食事制限が強い場合の評価、管理栄養士の関与については、前章で述べた通り)
不要な手術やオピオイド使用を避ける
BSGガイドラインでは、重症・難治性FDにおいて、オピオイドや不要な手術を避けることが推奨されています。これは、医原性の害、つまり治療によってかえって不利益が生じることを避けるためです。
上腹部の痛みが強い場合、胆石や胆嚢の問題と結びつけられ、手術が検討されることがあります。しかし、痛みの性質が胆石発作と一致しない場合、手術をしても症状が改善しないことがあります。また、オピオイド系鎮痛薬は、吐き気、便秘、胃腸運動の低下、腹部症状の悪化を招くことがあります。慢性の腹部症状に対して安易に使用すると、症状が複雑になることがあります。
重症・難治性のFDでは、「さらに強い治療を足す」だけでなく、不要な検査、手術、薬による害を避けながら、症状管理と生活機能の回復を目指すことが重要とされています。
鍼灸はどのように位置づけられるか
ここまで見てきたように、機能性ディスペプシアの診療では、まず標準医療の枠組みが重要です。警告症状の確認、必要に応じた内視鏡検査、ピロリ菌検査と除菌、胃酸分泌抑制薬、消化管運動改善薬、神経調整薬、心理的介入、食事と栄養の支援などが、治療の基本になります。
では、鍼灸はガイドライン上どのように扱われているのでしょうか。
結論から言えば、鍼灸に関する研究は英日いずれのガイドラインでも取り上げられています。ただし、標準治療の中心に置かれているわけではなく、現時点では補完的な選択肢、または今後の研究課題として理解するのが妥当です。
BSGガイドラインでの鍼治療の扱い
BSGガイドラインでは、具体的には、食後愁訴症候群、PDSの患者さんを対象とした中国の研究で、鍼治療がシャム鍼より優れていたと紹介されています。ただし、この結果については、他の地域での確認が必要とされています。
この記述から分かるのは、鍼治療には研究報告がある一方で、BSGガイドラインでは標準治療の中心として位置づけられているわけではないということです。
つまり、BSGガイドラインに沿って考えるなら、鍼治療は「機能性ディスペプシアの第一選択」ではなく、標準的な診断や治療を踏まえたうえで、補完的に検討される選択肢といえます。
日本版ガイドラインでの鍼灸療法の扱い
日本版ガイドラインでも、鍼灸療法は取り上げられています。
日本版ガイドラインでは、「FDの治療として、鍼灸療法は有用か?」という項目がFRQ、つまり今後の研究課題として扱われています。その中で、鍼治療については有用であるとの報告があるとされています。一方で、灸治療については検討が不十分であり、効果は不明とされています。
また、日本版ガイドラインでは、これまでの鍼治療研究の多くが中国からの報告であること、エビデンスの質に限界があること、国内から鍼治療の有効性を示したRCT研究は認められていないことも述べられています。
したがって、日本版ガイドラインから見ても、鍼灸は標準治療を置き換えるものではありません。現時点では、一定の研究報告はあるものの、標準治療の中心ではなく、今後さらに検討が必要な補完的選択肢として位置づけるのが適切です。
以上のように、BSGガイドラインと日本版ガイドラインのどちらも、鍼灸に関する研究には触れています。しかし、いずれも「機能性ディスペプシアにはまず鍼灸」とする見解ではありません。これは、「医師が治療法を検討する際の参考書」というガイドラインの性質上、当たり前と言えば当たり前です。
質の高い科学的根拠が必要という文脈で見たとき、鍼灸は、医療機関での診断と標準治療を土台にしながら、必要に応じて検討する選択肢と位置付けるのが現実的です。
まとめ
機能性ディスペプシアは、胃カメラで大きな異常が見つからないにもかかわらず、みぞおちの痛み、胃もたれ、早期満腹感、食後の膨満感などが続く疾患です。
英国BSGガイドラインでは、FDは腸脳相関の疾患として位置づけられています。これは、「気のせい」という意味ではなく、胃や十二指腸の働き、神経の過敏性、食事、ストレス、症状への反応、感染後の変化などが関わる病態として理解するということです。
治療では、まず危険な病気を見逃さないことが重要とされています。そのうえで、ピロリ菌検査と除菌治療、胃酸分泌抑制薬、消化管運動改善薬、神経調整薬、心理的介入、食事・栄養支援、運動などを、症状や背景に応じて組み合わせていきます。
食事については、自分にとって症状を悪化させやすい食品や食べ方を把握することが肝要です。一方で、低FODMAP食のような特定の食事療法をFD全体に広く推奨できるほどの根拠は十分ではありません。過度な食事制限による体重減少や栄養不足にも注意が必要です。
鍼灸については、英日いずれのガイドラインでも研究報告に触れられていますが、標準治療の中心には位置づけられていません。医療機関での診断と治療を土台にしながら、必要に応じて検討する選択肢と考えるのが現実的と言えます。
【参考文献】
Black CJ, Paine PA, Agrawal A, Aziz I, Eugenicos MP, Houghton LA, Hungin P, Overshott R, Vasant DH, Rudd S, Winning RC, Corsetti M, Ford AC. British Society of Gastroenterology guidelines on the management of functional dyspepsia. Gut. 2022 Sep;71(9):1697-1723.
一般社団法人日本消化器病学会. 機能性消化管疾患診療ガイドライン2021-機能性ディスペプシア(FD)改訂第2版. 2021, 南江堂.
記事カテゴリーについて
過敏性腸症候群(IBS)と機能性ディスペプシア(FD)は別の病気です。どちらも検査で異常が見つからないのに腹部の不快な症状が続く「機能性消化管障害」ではありますが、症状の現れる場所に違いがあり、IBSは大腸を中心とした異常、FDは胃を中心とした異常が特徴となっています。したがって、厳密にはIBSの記事カテゴリーにFDの記事を入れるべきではありません。しかしながら、両疾患は密接に関連しており、お互いに合併しやすい(胃も腸も調子が悪い)傾向があるため、FDの記事をIBSのカテゴリーに入れています。FDについての記事のみをご覧になりたい場合、機能性ディスペプシアのタグページをご参照ください。


予約
059-256-5110
営業電話は固くお断りします
月~金 9時ー21時
土 9時ー15時
日曜休業・祝祭日不定休
ウェブ予約
予約ページは新しいタブで開きます
免責事項にご同意のうえ、ご予約ください
同業者(療術業を含む)の予約はお受けできかねます
免責事項
鍼による施術は痛みや出血を伴う場合があります。また、以下のような場合、施術による変化が現れにくかったり、症状の“もどり”が早かったり、施術期間が⻑期に及んだり、施術することをお断りしたりすることがあります。鍼にはネガティブな側⾯があり、万能でもないことをご承知おきください。
構造上の問題による痛み
重篤な疾患による痛み
強⼒なあるいは多種の薬剤服⽤
⾼齢・衰弱による⽣理機能の低下
取り除けない物理的刺激要因
各種⼼理的要因
アクセス
〒514-1105 三重県津市久居北口町15-7
近鉄久居駅より徒歩15分/伊勢自動車道久居ICより車で5分
駐車スペース常時2台分あり
※看板がありませんのでご注意ください

