体外受精を受けても卵胞が育ちにくく、採れる卵子の数が少ない。
こうした「卵巣反応不良(POR)」は、不妊治療の中でも悩みの大きいテーマです。
2026年2月。Suらによって、PORの患者さんを対象にした比較的大きなランダム化比較試験が発表されました。鍼治療を受けた群では、採卵数そのものには明確な差が出なかった一方で、胚の卵割率や基礎FSHに前向きな変化がみられ、さらに鍼群にのみ自然妊娠例が報告されています。
今回はこの最新の研究について、PORと鍼灸との関係をなるべくわかりやすく解説したいと思います。
卵巣反応不良(POR)に対する鍼治療は有効なのか
今回ご紹介するのは、中国の9施設で行われた多施設共同ランダム化比較試験です。対象は40歳以下のPOR患者140人で、鍼治療を受けてから体外受精に進む群と、鍼治療を行わずそのまま体外受精に進む群に分けて比較されました。鍼群では、体外受精の前に12週間、週3回、合計36回の鍼治療が行われています。
この研究は、現時点でのPORと鍼治療に関する文献の中では、多施設で実施され、主要評価項目と副次評価項目も明確に設定されていたという点で、比較的重みのある(信頼性の高い)研究であると言えます。
まずは気になる結果から
何を置いてもまず知りたいのは研究の結果です。ただ、本研究の主要評価項目では、鍼灸に有利な結果は得られませんでした。しかしそこで、「なんだ、鍼灸は効かないのか」と、このページを閉じるのだけは思いとどまっていただき、ぜひ最後までお読みください。
採卵数の有意な改善は示されなかった
この試験の主要評価項目は、採卵できた卵子の数でした。そして、採卵数の中央値は鍼群2個、対照群2個で、有意差はありませんでした。つまり、この研究だけからなら、POR患者さんに対して鍼治療が採卵数を明確に増やすとは言えない結果となりました。
妊娠率・生児獲得率も有意差ありとは言えなかった
総臨床妊娠率は鍼群34.29%、対照群21.43%、総生児獲得率は鍼群21.43%、対照群15.71%でした。
数字だけを見ると鍼群の方が高く見えますが、統計学的には有意差なしでした。したがって、現時点では「PORに対して鍼治療で妊娠率や出産率が明確に上がる」とまでは言えません。
卵割率は鍼群で高かった
一方で、副次評価項目には前向きな変化もありました。鍼群では卵割率が100%、対照群では87.39%で、この差は有意でした。卵割は、受精卵が初期の細胞分裂を進めていく過程です。最終的な妊娠や出産の有意差にはつながらなかったとしても、初期胚発育の一部に前向きな変化がみられたことは、見過ごしにくい所見です。
基礎FSHも鍼群で低下していた
鍼群では、副次評価項目である基礎FSHも対照群より低くなっていました。PORでは、卵巣予備能の低下にともなってFSHが高めに出ることがあります。そのため、この所見は、卵巣機能をめぐるホルモン環境に何らかの変化が起きた可能性を示すものです。とはいえこの研究では、FSHが下がったことと妊娠・出産との関係性についての言及はありませんでした。
鍼群にのみ自然妊娠が3例みられた
この論文で特に目を引くのは、鍼群にのみ3例の自然妊娠がみられ、その3例すべてが生児獲得に至ったことです。しかもこれは、採卵周期に入る前、予定された鍼治療を終えたあとに起こっています。対照群では同様の例はありませんでした。
患者さんの立場から見ると、とても希望を感じやすい結果だと思いますし、実際、臨床的にもかなり興味深い所見であると言えます。
とはいえ、この自然妊娠3例は重要な結果ではあるものの、この試験の主要評価項目ではありません。また、この研究は偽鍼対照ではなく、無治療対照で行われています。そのため、「鍼によって自然妊娠しやすくなった」と断定するには、まだ根拠が足りません。現時点では、今後さらに検証する価値のある現象と受け止めるのが妥当かと思います。
結果をどう捉えるか
以上のように、本研究の主要評価項目では鍼治療を受けた群とそうでない群とで統計学的に優位な差はみられませんでしたが、副次評価項目ではいくつかの興味深い結果が得られました。
また、この研究の患者さんは、かなり厳しい卵巣反応不良(POR)群でもありました。
著者らは、この研究の対象群について、半数超がAMH 0.5 ng/mL未満で、多くがAFC 5未満、採卵数中央値も低く、より重い卵巣機能低下を示す集団だったと述べています。もともと卵巣の反応がかなり厳しい患者群だったため、どの介入でも差が出にくかった可能性があります。
したがって、この論文の「有意差なし」は、単純に「鍼が無意味だった」と読むのではなく、かなり難しい集団に対する試験だったという前提を踏まえた「有意差なし」であったと解釈する必要があります。
本論文で行われた鍼治療の内容
この論文で行われた鍼治療は、腹部・下肢・頭部・腰仙部を中心に組まれた標準化プロトコルです。
週3回、12週間、合計36回の鍼治療が行われ、研究として再現性を高めるため、治療内容は固定されていました。
使用されたツボ(使用穴)と刺入の深さ
患者の姿勢(仰向け・うつ伏せ)に基づいて2種類の「ツボのセット」が用意され、セッションごとに交互に使用されました。
仰向け
- 頭部
百会・神庭・本神穴に対して、皮下に10〜20mmの深さで刺入されました。 - 腹部および下肢
お腹の中脘・天枢・関元・大赫・子宮穴、および下肢の足三里・三陰交・太渓穴には、垂直に30〜40mmの深さで刺入されました。 - 足部
足背部にある太衝穴には、垂直に10〜20mmの深さで刺入されました。
うつ伏せ
- 腰仙骨部
中髎穴は60〜70mmの深さで、鍼先が第3後仙骨孔(骨盤の仙骨に空いている穴)に確実に入るように深く刺入されました。また、腰の腎兪穴も使用されました。
刺激方法
鍼を刺入した後、すべての鍼に対して上下に動かしたり回転させたりといった操作が行われました。これにより、治療効果に不可欠とされる「得気(ひびき:鈍痛、しびれ、突っ張り感、重だるさなどの感覚)」を引き出しました。
うつ伏せのでの治療の際は、左右の腎兪穴と中髎穴に対して、それぞれのツボを横に繋いで電気鍼が行われました。電気刺激の強さは患者が耐えられる範囲の強度で加えられました
ここで大事なのは、この論文で評価されたのは、あくまでこの研究で定められた方法であるという点です。
鍼治療は、どの部位に、どの深さで、どの程度の刺激を入れ、何を組み合わせるかで、実際の施術内容がかなり変わります。したがって、この論文で評価されたのは、あくまでこの標準化プロトコルによる治療結果なのです。
じねん堂の「育卵鍼灸」と、この論文との違い
当院で行っている「育卵鍼灸」は、鍼治療に加えて、必要に応じてスーパーライザーや陰部神経点への鍼通電を組み合わせています。一方、この論文で評価されたのは、腹部・下肢・頭部・腰仙部の経穴と、腎兪穴・中髎穴への通電を用いた標準化プロトコルでした。したがって、論文の結果をそのまま当院の施術に当てはめて評価することはできません。
だからといって、この論文の価値が下がるわけではありません。プロトコルの違いはあるとしても、卵巣反応不良に対して鍼刺激がどのような影響を与え得るのかを考えるうえで、本論文は貴重な資料のひとつです。採卵数や妊娠率には明確な差が示されなかった一方で、卵割率や基礎FSHには前向きな変化がみられており、今後の検討につながる重要な知見といえます。
まとめ
2026年のこの多施設共同ランダム化比較試験では、POR患者さんに対する鍼治療について、採卵数、臨床妊娠率、生児獲得率の有意な改善は示されませんでした。その一方で、卵割率の改善、基礎FSHの低下、さらに鍼群にのみ3例の自然妊娠・生児獲得がみられたことは、今後の研究に値する重要な所見です。
【参考文献】
Su C, Wang X, Liu X, Yang L, Su T, Wang H, Li Y, Zhao C, Zhang C, Xiang W, Tong G, Chen L, Zhao F, Xu H, Fang Y. Effect of acupuncture for poor ovarian response: a multicenter randomized controlled trial. Front Endocrinol (Lausanne). 2026 Feb 26;17:1765527.

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