AMHが低い、卵巣予備能が低下している、採卵で十分な卵子が得られるか不安がある。不妊治療の場面では、このような悩みから鍼治療を検討される方がいます。
これまで当院では、卵巣予備能低下(DOR)に対するWangら(2026)の研究と、卵巣反応不良(POR)に対するSuら(2026)の研究を、それぞれ紹介してきました。前回の記事の末尾で「鍼治療と卵巣血流・骨盤内循環の関係については、あらためて別の記事で詳しく取り上げたいと思います」とお伝えしていたように、今回はその続きです。
2026年に報告された2本のRCTを踏まえながら、今回は特にWangら(2026)のDOR研究で示されたAFCの変化に注目し、鍼治療が卵巣や骨盤内の血流、自律神経反応にどう関わりうるのかを考えます。
2026年の研究で何が示されたのか
まずはおさらいがてら、2026年の研究がどのようなものであったかを紹介します。
Wangら(2026)の卵巣予備能低下(DOR)研究では、18〜40歳のDOR女性120人が、本物の鍼治療(真鍼)群と偽の鍼治療(シャム鍼)群に分けられました。治療は12週間、週3回、1回20分で、その後さらに12週間の追跡が行われています。主要評価項目は、治療12週時点でのAFCの変化でした。
結果として、AFCは真鍼群でより大きく改善しました。12週時点のAFC変化量の中央値は真鍼群で2.00、シャム鍼群で0でした。一方で、AMHとFSHは両群とも治療前からは改善方向に動いたものの、真鍼群がシャム鍼群より有意とは言えない程度にとどまりました。
Wangらの研究は、採卵数や妊娠率、生児獲得率を直接評価した試験ではありません。採卵や妊娠転帰よりも一段手前にある、卵巣予備能の変化をみた研究です。
一方、Suら(2026)の卵巣反応不良(POR)研究では、140人の卵巣反応不良(POR)女性を対象に、鍼治療を加えた群と鍼治療をしない対照群とを比較しました。主要評価項目の採卵数には有意差が示されず、臨床妊娠率や生児獲得率にも明確な差は示されませんでした。その一方で、胚の卵割率は鍼群で有意に高く(100% vs. 87.39%)、基礎FSHは鍼群で有意に低値でした。
この2本の研究を並べると、鍼治療の影響は「効く/効かない」と単純に分けられるものではなく、卵巣予備能、卵巣刺激への反応、採卵数、胚発育、妊娠転帰という段階ごとに考える(研究ごとに評価しているものが違うことを前提として見る)必要があると分かります。
AMHとAFCは、同じ卵巣予備能でも見ている段階が少し違う
日本では、卵巣予備能というとAMHがよく知られています。血液検査で調べることができ、「AMHが低い」と言われたことをきっかけに、卵巣予備能について調べ始める方も多いと思います。
AFCも卵巣予備能を見る指標です。ただし、AMHとAFCでは評価対象が違います。AMHは主に、前胞状卵胞から小さな胞状卵胞の顆粒膜細胞から分泌されるホルモンの値を評価します。一般的に、6mm以下の卵胞が最もAMH分泌するとされています。一方、AFCは超音波で確認できる2〜10mm程度の胞状卵胞を数える指標です。つまり、AFCはAMHよりも、より成長した卵胞を評価の対象としているのです。
この違いを踏まえると、Wangら(2026)でAMHに群間差がなく、AFCに差が出たことは興味深い結果です。胞状卵胞として超音波で確認される段階、あるいはその前後の移行過程に、鍼刺激の差が影響した可能性があります。
とはいえ、これはあくまでも「論文を読んだ者が立てた仮説」です。Wangらの研究は卵胞がどの段階で変化したのかを直接調べた研究ではありません。
シャム鍼は「何もしない対照」ではなかった
Wangらの研究を読むうえで、鍼灸師として引っかかったのがシャム鍼の内容でした。
真鍼群では、直径0.25mmまたは0.30mmの鍼が用いられ、各ツボにおいて得気(患者が感じる重だるさ、響き、鈍い痛みなどの感覚)を生じさせました。また、中髎穴では第3後仙骨孔(仙骨に空いている穴)方向へ50〜60mm刺入され、腰の腎兪穴と中髎穴とには1〜5mAの電気鍼が加えられました。
一方、シャム鍼群でも、真鍼群と同じ部位に1〜3mmの浅い刺入が行われ、0.5mA未満の微弱な通電が加えられています。真鍼群のような得気を起こす手技は行われていませんが、完全な無刺激ではありません。
この、完全な無刺激でないことが、、日本の鍼灸臨床の視点では大きな意味を持ちます。
日本では直径0.18〜0.20mm前後の鍼が一般的に使用されます。また、接触鍼や鍉鍼のように刺さない鍼、ごく浅い刺入を中心とする流派もあります。そのため、Wangらのシャム鍼は、単なる「偽治療」というより、日本における浅刺・微弱刺激による低刺激の鍼治療に近い側面を持っているのです。

日本にはWangらの偽治療(シャム鍼)と同じかそれ以下の刺激量で施術している鍼灸院がわんさかありますよ
言葉を選ばずに申せばそいうことです。
なお、じねん堂を含むJISRAM所属院では、子宮内膜の養生を目的に、中髎穴への施鍼を行うことがあります。この施術では、直径0.30mmの鍼で仙骨表面の結合組織、特に密に張った靱帯へ手動刺激を加えます。目的や刺激方法は本研究と同一ではありませんが、腰仙部に一定の機械的刺激を加えるという点では、本研究の本物の鍼治療のプロトコルと近い臨床的意味を持つ刺激と考えられます。
こうした条件を日本の鍼灸臨床の感覚で捉えると、Wangらの結果を、「刺激の弱い鍼は効果が出にくい」と読んでしまいそうになりますが、さすがにそれは早計と思えます。低刺激に近いシャム鍼でも一定の反応が起こりうる一方で、腰仙部にしっかりした刺激を加える真鍼群では12週時点のAFCで「追加の差」がみられた可能性がある。こう受け止めるのが、現段階では妥当でしょう。
卵巣血流という視点から、AFCの差をどう考えるか
では、AFCに差が出た背景として、何が考えられるのでしょうか。
ひとつの視点が、卵巣血流です。卵胞が発育していくためには、卵巣局所の血流、ホルモン環境、自律神経、卵巣周囲の微小な環境が関わります。鍼による刺激が卵巣局所の血流や自律神経反応に影響していれば、胞状卵胞として確認される卵胞数に差が生まれる要因として考えられるかもしれません。
この仮説を考えるうえで参考になるのが、Stener-Victorinらの動物実験です。2004年の研究では、ステロイド誘発性PCOモデルラット、つまり多嚢胞性卵巣に近い状態のラットを用い、電気鍼の周波数と刺激強度が卵巣血流に与える影響を調べています。低周波(2Hz)の電気鍼では、刺激強度によって卵巣血流反応が変わり、卵巣交感神経を切断するとその反応が消失しました。つまり、少なくとも動物モデルでは、電気鍼の刺激条件が卵巣血流の変化として現れること、そしてその反応が卵巣交感神経を介していることが示されています。
もちろん、この動物実験から、Wangら(2026)の結果を直接説明することはできません。Wangらの試験では、卵巣血流が測定されていないからです。それでも、本物の鍼治療とシャム鍼の刺激量の差が、卵巣局所の血流や神経反射に影響した可能性を考えるうえでは、ひとつの材料となり得ます。
ヒトでは子宮動脈血流抵抗の研究がある
ヒトの不妊領域では、卵巣血流ではなく、子宮動脈血流に関する研究があります。
Stener-Victorinら(1996)は、子宮動脈の拍動指数(PI)が高い不妊女性8人を対象に、電気鍼が子宮動脈の血流抵抗に与える影響を調べました。当初10人が登録されましたが、2人は除外されています。PIは血流抵抗を示す指標で、値が高いほど血液が流れにくい状態を示します。
この研究では、鍼を筋肉内へ10〜20mm刺入し、得気に相当する感覚を起こしたうえで、30分間の電気鍼を行っています。原文では、得気に相当する感覚として、張る感じ、しびれ、チクチクする感覚、痛だるさなどが挙げられています。
電気刺激の条件は部位によって異なりました。腰背部・腰仙部では100Hzの高頻度刺激が用いられ、強度は痛みのないしびれ感が出る程度。一方、下腿部では2Hzの低頻度刺激が用いられ、局所の筋収縮が起こる程度の強度に設定されています。この研究の電気鍼は、得気に相当する感覚を起こしたうえで通電し、痛む手前、あるいは筋収縮を伴う強さの刺激を用いています。
この電気鍼を週2回、4週間、合計8回行ったところ、8回目の治療直後および10〜14日後に子宮動脈PIが有意に低下していました。著者らは、この変化には交感神経活動の中枢性抑制が関与している可能性を述べています。
Hoら(2009)の研究では、IVFを受ける女性44人を対象に、電気鍼の有無で比較を行っています。電気鍼は採卵前の2週間、週2回、合計4回行われました。この研究でも、鍼を手で回旋して得気に相当する反応を起こした後、10Hzで30分間通電しています。原文では、この反応は痛だるさ、しびれ、張るような感覚として説明されています。
電気鍼群では左右の子宮動脈PIが有意に低下した一方で、妊娠率には有意差がありませんでした。
この2つのヒト研究も、Wangらの卵巣予備能低下(DOR)研究に直接つながるものではありません。対象も異なり、測定しているのも卵巣血流ではなく子宮動脈血流です。
とはいえ、卵巣も子宮も骨盤内にあり、血流や自律神経の影響を受ける臓器です。卵巣血流そのものを測った研究ではないとしても、骨盤内の血流という大きな視点で見ると、鍼刺激が血管抵抗や自律神経反応に関わることを考慮する要素になり得ます。
さらに、この2つの研究では、単なる接触や軽い刺激ではなく、得気に相当する反応を起こしたうえで電気鍼を行い、骨盤内血流の変化を観察しています。したがって、「鍼刺激の質や強さの違いが、骨盤内循環の変化に関係するのではないか」という仮説を考えるうえで、これらの研究は重要な判断材料になります。
AMHの改善例は報告されているが、一般化には注意が必要
臨床では、鍼治療を継続する中でAMHが上昇する患者さんを経験することがあります。
また、Wenら(2026)の報告では、卵巣予備能低下(DOR)と診断された女性に得気(原文では、痛だるさ・しびれ・張る感じ・重だるさ)を生じさせたうえで電気鍼を行ったところ、初回の電気鍼治療期間後にAMHとAFCが上昇し、FSHが低下しました。その後、自然妊娠しましたが、胎児の染色体異常により流産となりました。さらに2回目の電気鍼治療期間後、再び自然妊娠し、健康な児を出産しています。
この報告は、臨床的には非常に興味深い内容です。とはいえ、単例報告はランダム化比較試験とは証拠の強さが異なります。1人の患者さんに起こった経過を、すべてのDOR患者さんに一般化することはできません。加えて、AMHは測定時期や体調、検査条件などによって変動することがあります。
つまり、臨床ではAMHが上昇する患者さんを経験することがあり、単例報告でもAMHやAFCの改善を伴う妊娠・出産例が報告されています。一方で、Wangら(2026)のRCTでは、AMHについて真鍼群がシャム鍼群より明確に優れていたとは言えませんでした。
臨床で起きている変化を無視する必要はありませんが、RCTで確認された範囲を超えて「鍼治療でAMHが上がる」と結論付ける(一般化する)のも避けたいところです。
DOR・POR研究と血流仮説をつなぐと何が見えるか
Wangら(2026)の卵巣予備能低下(DOR)を対象にした研究では、AFCの改善が示されました。一方、Suら(2026)の卵巣反応不良(POR)を対象にした研究では、採卵数や生児獲得率には差が示されませんでしたが、基礎FSHと胚の卵割率には変化がみられています。
この2本の研究を並べると、鍼治療の影響は、妊娠や出産という最終結果に一気に現れるというより、卵巣予備能、卵巣刺激への反応、初期胚発育といった途中の段階に現れている可能性が考えられます。
ここに、卵巣血流や骨盤内循環という視点を加えてみます。
Wangらの研究では、シャム鍼も完全な無刺激ではありませんでした。一方で、真鍼群では、より深い刺入、得気、腰仙部への電気鍼など、シャム鍼とは明らかに異なる刺激条件が用いられています。つまり、AFCに差が出た背景には、単に「鍼をしたかどうか」ではなく、刺激量、刺入深度、得気、通電条件といった刺激条件の違いが関わった可能性があります。
そして、この刺激条件の違いが、卵巣局所の血流や自律神経反応に影響し、それに伴ってAFC、基礎FSH、初期胚発育といった指標に現れたのかもしれません。動物実験では、電気鍼の周波数や刺激強度によって卵巣血流反応が変わることが報告されています。また、ヒト不妊領域では、得気に相当する反応を起こしたうえで電気鍼を行い、子宮動脈血流抵抗が低下した研究もあります。これらは、刺激条件と骨盤内循環の関係を考えるうえで検討に値する点です。
ただし(しつこいようですが)、これはあくまで仮説です。Wangらの研究では卵巣血流が測定されていませんし、Suらの研究でも、血流や自律神経反応を介した作用が検証されたわけではありません。したがって現時点では、「一定強度の鍼治療で卵巣血流が改善したからAFCが増えた」と断定することはできません。また、今回紹介した2026年のRCTや関連研究から推察できる範囲では、鍼治療が妊娠率や生児獲得率を直接高めるとも結論づけられません。
今後、卵巣血流、AFC、AMH、FSH、採卵数、成熟卵子数、胚発育、さらに妊娠率や生児獲得率までを連続して評価する研究が行われれば、鍼治療がどの段階に関わっているのか、また刺激条件の違いが結果にどの程度影響するのかを、より具体的に検討できるようになるでしょう。
鍼灸師は常に(よっぽどひとつの流派への拘りが無い限り)、自分の施術が患者さんにとって本当に有効なのか、他にもっと良い方法はないのかを模索しています。
じねん堂が採用している不妊への鍼灸(JISRAM方式)は、膨大な量の臨床実績に基づく検証や、一定程度の確からしさが担保された臨床研究をもとに構築されたものです。しかしそれでもなお、「ほんまかいな」の精神で論文を漁り、自院のデータとの照らし合わせを行う。じねん堂は特にそういった傾向の強い鍼灸院かもしれません。



今の自院の施術法と最新RCTとを見比べて、鍼が卵の発育段階に影響を及ぼすという解釈は「あり」寄りかな。ツボや刺激量は妥当と言えるかな。単例報告はポジティブなのが出ているのか。
次は胚の質に関する新しい報告が出ていないか探してみよう。
【参考文献】
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