津市久居に移転後、不妊症に対する鍼灸に力を入れるようになって、よく眼にしたり耳にしたりするのが「不妊の原因は冷え」という言説。東洋医学信奉者の施術者に多い印象です。
この、「原因」を冷えと言い切ってしまうことの危うさを、私は常々感じています。しかし同時に、冷えを不妊の原因とする言説に対して、
女性の70%は冷え性なのだから、冷えが不妊の原因なら、女性の70%は不妊ということになってしまう。だから不妊の原因を冷えに求めるのはナンセンス。冷えのことなんて考えなくても良い!
という反論が展開されることにたいしても、いかがなものかと思っています。
70%の女性に冷えの自覚があるのは事実ですが、それは50代以上をも含めたデータです。25~44歳では25%弱です。センセーショナルに表現しようとして、信ぴょう性を低めてしまっています。
仮に女性の70%が冷え性であることが事実だったとしても、例えば一方で不妊女性の90%に冷えの自覚があれば、それは何らかの関連事項として注目する価値はあるとじねん堂は考えます。原因を冷えに求めないことは同意できますが、冷えを自覚する者の割合だけを根拠に不妊の原因が冷えであることを否定するのは如何なものかと思います。
「冷え」は不妊という現象と並行して存在するものであり、冷えを作り出す原因が不妊を引き起こす原因と同じ場合があるというのが、じねん堂の考えです。
また、施術によって卵巣及び子宮の血流が十分に保たれるようになることで、冷えの自覚・他覚症状が減少することも十分にあり得ます。原因ではないが、指標にはなり得るのです。
この見地からすれば、「気の調整」を行う古典的な鍼灸術に限らず、幾つかのデータの裏付けによって行われる陰部神経鍼通電にせよ、卵巣動脈への近赤外線照射にせよ、星状神経節へのアプローチにせよ、“冷え取り”の範疇に入っていると言えます。
不妊症に対する鍼灸の多くが、用いる手法や医学的立ち位置の如何にかかわらず、いわゆる「冷え取り」なのです。
では、不妊の原因を冷えと断じてしまう東洋医学信奉者の施術者とそうでない施術者では何が違うのか。
それは、患者の状態に対する医学的な理解度に他なりません。不妊の原因を冷えとしてしまうと、もうそこで思考が止まってしまうのです。思考を止めることは、施術者にとって非常に“楽”なこと。原因が分かったのですから、それを解消すれば妊娠できるのです。
ただただ冷えを取ろうとすれば良い。
妊娠に失敗したら、まだ冷えが取り切れていなかったと言えば良い。
根が深くてなかなか取れないのだと言えば良い。
いつまでも、いつまでも、何回も、何回も。
患者に残された時間を削り続けるのです。
不妊という状態を形作る問題が心身のどの部分にあるのか、子宮なのか、卵巣なのか、自律神経なのか、ではそれに対してどのような手法を行えばよいか、施術することでどのような変化が起こり得るか、病院での不妊治療との兼ね合いはどうか、現在どのような治療をしていて、次にどのような治療が行われるのか、現在病院で不妊治療をしていないのであれば、過去に検査をしたことはあるのか、一切検査をしていないのであれば、どのタイミングで検査を勧めるべきか、などということは一切考える必要がありません。ただただ冷えを取れば良いのですから。冷えが取れれば妊娠するのですから。
本当に冷えが、原因ですか?
その手法で結果的に多数の方の妊娠が成立したとしても、その陰で、別の手法を行えば妊娠できていたかもしれない方が一定数存在するはずです。器質的な問題に注目することなく「冷え取り」に終始してしまうことで、患者の妊娠の機会を奪ってしまうことがあってはなりません。機能的な問題だけであったとしても、東洋医学的な冷え取りだけでは十分な効果が得られないこともあります(文献的に推察されます)。
もし、現在冷え取り中のあなたが、何も不妊検査を受けていないのであれば、あるいは過去に検査を受けたが病院での治療を長らく中断しているのであれば、病院での検査・治療再開を強くお勧めします。
【参考】
後山尚久: 冷え症の病態の臨床的解析と対応―冷え症は いかなる病態か,そして治療できるのか. 医学の歩み, 2005: 215(11): 925-929