突発性難聴に対する鍼灸は、以前から補助療法として期待されてきました。
しかし臨床研究の面では、前向きな結果がありながらも、研究デザイン(内容の信頼性)が十分とは言いにくく、医学的に「勧めるには根拠が弱い」という難しさがありました。2015年、2019年、2024年の系統的レビュー・メタアナリシス(たくさんの臨床研究をまとめたレポート)はいずれも、結果自体は前向きではあるものの、元になった試験の質やバイアス(先入観などによる解釈の偏り)に注意が必要だと述べています。
そのようななか、2026年に報告されたランダム化比較試験は、その状況を一歩前に進める内容と言えます。
本研究では、鼓室内デキサメタゾン投与に実際の鍼治療を追加した群が、偽の鍼を追加した群よりも、2週時点の聴力改善で有意に良い結果を示しました。ランダム化比較試験であることはもちろん、本物の鍼と偽の鍼とを比べ、聴力検査の数値を主要評価項目に置いた点で、突発性難聴に対する鍼灸の研究としては、従来より信頼性の高いしっかりした試験が行われていると言えます。まだ単施設・比較的小規模の試験ではあるものの、標準治療に鍼灸を加える意義を、以前より患者さんに勧めやすくしてくれる論文であることは確かです。
まずは気になる結果から
この研究では、本物の鍼治療を追加した群で、聴力の改善が大きくみられました。
今回の研究の対象は、18〜65歳で、発症から14日以内の片側性突発性感音難聴の患者さんです。比較されたのは、「本物の鍼+鼓室内デキサメタゾン」と「偽の鍼+鼓室内デキサメタゾン」でした。主要評価項目は、0.5、1、2、4kHzの純音聴力平均の改善量で、2週時点の群間差は9.026dBでした。本物の鍼治療を加えた群のほうが、偽の鍼を加えた群よりも良い結果を示し、その差は6週時点でも保たれていました。
また、聞き取りやすさをみる語音明瞭度でも、本物の鍼治療を加えた群は前向きな変化を示しました。耳鳴のつらさをみるTHIという評価においてもでも、2週以降に差がみられています。有害事象(いわゆる副作用)は少数で、大きな安全性の問題が目立つ結果ではありませんでした。
少なくともこの研究条件では、標準治療に鍼を加えることで、治療としての上乗せ効果があったと見ることができます。
もちろん、これは鍼灸だけで治すという話ではなく、耳鼻咽喉科での標準治療に追加したときの結果です。突発性難聴では、なるべく早く耳鼻咽喉科を受診し、適切な治療を受けることが第一です。そのうえで鍼灸を補助療法として取り入れる際の根拠となり得るのが、今回の論文なのです。
なぜこの論文が注目されるのか
“注目されるのか”というより、私自身が注目した理由なのですが、それはほかでもない、従来の突発性難聴に対する鍼灸の臨床研究よりも、研究結果を信頼しやすいデザインになっていたからです。(すでに冒頭で書いていますが、何回でも書きます)
これまでの研究でも、鍼灸に前向きな結果が無かったわけではありません。
Zhangら(2015)のメタアナリシスでは、鍼治療と西洋医学的治療を併用した場合に良い結果を示す傾向にあったものの、研究の規模が小さいことや、バイアスの入りやすさを理由に、エビデンス水準はlowまたはvery lowだとしています。続くChenら(2019)の系統的レビューでも、鍼灸は治療選択肢となり得るとしつつ、やはり高品質研究が足りないと述べました。さらに、Renら(2024)のメタアナリシスでも、前向きな結果が示された一方で、質やバイアスをふまえた慎重な解釈が必要とされています。
つまり、これまでの問題は、良さそうな結果はあるのに、それぞれの研究の信頼性が芳しくないという点にありました。
その弱点を、今回の研究はいくらか補っている。つまり信頼性の底上げをしていると考えられるのです。
この研究の信頼性が高いと言える理由
前向きに計画され、参加者が無作為に割り付けられていたから
この研究は、治療を始める前から比較方法や評価項目を決めて進める前向き試験でした。
そのうえで、参加者を「本物の鍼+鼓室内デキサメタゾン」群と「偽の鍼+鼓室内デキサメタゾン」群に無作為に割り付けることで、結果の偏りをできるだけ少なくする工夫がされています。
このように、あらかじめ計画を立てたうえで、参加者を無作為に振り分けて比較する研究手法を、前向きのランダム化比較試験と言います。 結果をより公平に見やすくするための工夫が多く、臨床研究の中でも比較的信頼度の高い方法とされています。
本物の鍼治療と偽の鍼による操作を比べていたから
この研究の大きな強みは、本物の鍼治療と偽の鍼による操作(治療に見せかけた行為)とを比べていることです。鍼灸の研究では、治療の前後を比べるだけだと、自然に回復した分や、「良くなるかもしれない」という期待の影響(プラセボ効果)を判別することが難しいと言われています。その点、この試験は「本物の鍼+ITD」と「偽の鍼+ITD」を比べており、鍼を加えることそのものの意味を、より正確に検討することができます。
また、参加者には「2種類の鍼を比べている」と説明し、偽の鍼でも皮膚に触れる感じ(チクチク感)が出るよう工夫されていました。さらに鍼には通電を行ったのですが、その装置も、本物の鍼治療をした群と偽の鍼の群とで同じように作動している風に見せていました。
このような手法を盲検化といいます。鍼灸研究では施術者を完全に盲検化することはできませんが、その制約の中では、かなりしっかりした検証方法と言えます。
聴力検査の数値を中心に評価していたから
もうひとつ大きいのは、主要評価項目が純音聴力平均の改善量だったことです。患者さんの「少し聞こえやすくなった気がする」という実感は大切ですが、論文としての説得力を考えると、実際の聴力検査の数値で比べていることには大きな意味があります。今回の研究は、主観だけでなく、オージオグラム上の変化を中心に見ていました。
さらに、副次評価項目として語音明瞭度や耳鳴の評価もみているため、「聴力検査の数字」だけでなく、「会話の聞き取りやすさ」や「耳鳴のつらさ」にも目を向けた研究デザインになっています。これは、患者さんが実際に困っていることに近い見方です。
標準治療に加えたときの意味をみていたから
この研究は、鍼灸だけを単独で勧めるための論文ではありません。鼓室内デキサメタゾンという耳鼻咽喉科の治療に、鍼灸を加えたときに差があるかを見ています。突発性難聴では、耳鼻咽喉科での評価と治療が最優先となります。そのうえで、回復を後押しするために何を加えられるかという問いに対して、この論文は前向きな材料を出していると言えます。
とはいえ限界はある
残念ながら、この論文だけで鍼灸の有効性を確定することはできません。「以前より併用を勧めやすい」のと「鍼灸の治療法が確立した」のとは別問題です。今回の試験は、従来より一段しっかりしていますが、それでも限界はあるのです。
本研究は、1つの施設で行われた研究で、解析対象は77例です。極端に小さいとは言えませんが、これだけで広く一般化できるかと問われれば、慎重にならざるを得ません。別の施設や別の患者層でも同じような結果になるかは、今後の研究を待つ必要があります。
また、追跡期間が6週間と比較的短いことも、限界の一つと言えます。突発性難聴では、治療後すぐだけでなく、その後しばらくしてから聴力の変化がみられることもあります。実際、治療終了後2か月以上たってからの評価が大切だとする報告や、治療終了時に加えて6か月以内の聴力フォローを勧めるガイドラインもあります。そのため、この論文では治療後の長い経過まで論じることができません。
先にも述べましたが、鍼灸研究では施術者を盲検化できません。参加者への工夫はかなり行われていたものの、施術する側は本物の鍼か偽鍼かを知っています。施術する側がそれを知っていることで、声かけや接し方、刺激の入れ方などの細かな違いが無意識に生じ、結果に影響する可能性があります。
この試験の対象は18〜65歳、発症14日以内、片側性の患者さんで、使われた配穴や通電条件も決まっていました。したがって、すべての突発性難聴患者に、あるいはすべての鍼灸院の施術に、この研究の結果をそのまま当てはめることはできません。あくまで研究内で規定された条件下での結果なのです。
そのため、この論文の受けとめ方としては、「これで鍼灸の有効性が確立した」と考えるよりも、補助療法として勧める根拠が、以前より一段強くなったと捉えるのが現実的であると思われます。
今後、レビューやガイドラインの中で鍼灸の位置づけは変わるのか
これまでのレビューは、鍼灸に前向きな結果を認めながらも、「元の研究の質が低い」という点が足を引っ張り、高い評価を得られない状態でした。今回のランダム化比較試験が加わることで、今後レビューが更新される際には、「前向きな結果はある」だけでなく、「以前より質の高いランダム化比較試験も出てきた」と記述される可能性があります。これは小さな違いに見えて、実際には大きな意味があります。
結果だけでなく、その結果をどこまで信頼できるかが、レビューでは重要だからです。
日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会の診療ガイドライン/手引き・マニュアル INDEXのページでは、耳領域の関連文書として日本聴覚医学会の「急性感音難聴の診療の手引き 2018」が掲載されています。この手引きでは鍼灸についてZhangら(2015)のメタアナリシスが引用され、標準治療に鍼治療を追加した群で予後が良好だったことに触れつつも、研究の多くが小規模でバイアスを含むことから、より大規模なRCTが必要と記述されています。そういった意味では、今回紹介した論文は従来のものより“強い”デザインの臨床試験として、今後の改訂時に影響を与えるかもしれません。
とはいえ、今回の研究が、診療の手引きやガイドラインにおける鍼灸の位置づけを大きく変える決定打になるとは言えません。実際に位置づけが変わるには、1本の新しい研究だけでなく、複数の質の高い研究が積み重なることが必要なのです。
つまり、現時点では、レビューやガイドラインにおける鍼灸の位置づけがすぐ変わるわけではないが、見られ方は少し変わるかもしれない。そういった段階になったと言えるでしょう。
じねん堂では、この研究をどう受け止めているか
当院では突発性難聴に対して、耳鼻咽喉科での標準治療を土台にしながら、それを補う手法として鍼灸を位置づけています。今回の論文は、その考え方を患者さんに説明する際の説得力を高めてくれるものだと考えています。病院での治療を受けながら、少しでも回復の助けになる選択肢を考えたい。そういった患者さんに、比較的しっかりした臨床試験をもとにお話しできるようになったことには大きな意味があると考えます。
私自身はこの論文の全文を確認しており、研究で行われた施術内容も把握しています。そのため、どのような考え方でこの治療が組み立てられているのか理解できますし、技術的に再現することも可能です。また、本研究では、鍼灸の作用として、内リンパ水腫の軽減に関わる水代謝の調節や、神経活動の調整が考察されており、これは当院が施術目標としている内容とも重なる部分があります。
では、その施術法をそのまま現在の施術法に組み込むか、あるいは一部を置き換えるかと問われると、「すぐには結論を出せない」と言うほかありません。当院で用いているツボと共通するものもあれば異なるものもあり、その違いが何を目的としているのかを一つずつ吟味していく必要があるからです。研究の内容を理解していることと、日々の臨床にそのまま導入できることは、必ずしも同じではないのです。
とはいえ、強い文献が一つ増えたことに変わりはありません。今後ますます信頼性の高い研究が増えていくことを願うばかりです。
【参考文献】
Yang Y, Cao Y, Kong X, Zhao Y, Ji H, Dong Y, Xie C, Hong J, Wang J, Ren D, Ma X. Acupuncture combined with intratympanic dexamethasone for sudden sensorineural hearing loss: A randomised controlled trial. QJM. 2026 Feb 13:hcag021.
Zhang XC, Xu XP, Xu WT, Hou WZ, Cheng YY, Li CX, Ni GX. Acupuncture therapy for sudden sensorineural hearing loss: a systematic review and meta-analysis of randomized controlled trials. PLoS One. 2015 Apr 28;10(4):e0125240.
Chen S, Zhao M, Qiu J. Acupuncture for the treatment of sudden sensorineural hearing loss: A systematic review and meta-analysis: Acupuncture for SSNHL. Complement Ther Med. 2019 Feb;42:381-388.
Ren W, Tao B, Deng H. The efficacy and safety of acupuncture in the treatment of sudden sensorineural hearing loss: A systematic review and meta-analysis. Integr Med Res. 2024 Dec;13(4):101087.
一般社団法人日本聴覚医学会. 急性感音難聴の診療の手引き 2018年版. 金原出版株式会社, 2018.
Chandrasekhar SS, Tsai Do BS, Schwartz SR, Bontempo LJ, Faucett EA, Finestone SA, Hollingsworth DB, Kelley DM, Kmucha ST, Moonis G, Poling GL, Roberts JK, Stachler RJ, Zeitler DM, Corrigan MD, Nnacheta LC, Satterfield L. Clinical Practice Guideline: Sudden Hearing Loss (Update). Otolaryngol Head Neck Surg. 2019 Aug;161(1_suppl):S1-S45.

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