円形脱毛症は、ある日突然、髪の一部が抜けてしまう病気です。小さな脱毛斑で始まることもあれば、範囲が広がったり、再発を繰り返したりすることもあります。痛みやかゆみが少ない場合でも、見た目の変化による心理的な負担は小さくありません。
円形脱毛症の背景には、毛を作る毛包に対して免疫が関わる仕組みがあると考えられています。そのため、治療の基本は、皮膚科での診断と、症状の範囲や重症度に応じた外用薬、局所注射、内服薬などです。
一方で、治療に時間がかかる場合や、再発を繰り返す場合には、補助的な治療として鍼灸が検討されることもあります。鍼灸というと、肩こりや腰痛の治療を思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし、東アジアでは、皮膚症状や脱毛症に対して鍼刺激を用いる治療も古くから行われてきた歴史があります。
2026年3月、医学雑誌「Medicine」に、円形脱毛症に対する鍼治療の系統的レビュー・メタ解析が掲載されました。通常の鍼、梅花鍼・七星鍼、火鍼などを用いた臨床研究を集め、効果や安全性を検討した論文です。今回は、この論文から分かる鍼灸の効果、安全性、そして現時点での限界について解説します。
今回の研究で検証されたこと
Junらの2026年レビューでは、2024年12月までに発表された研究を対象に、円形脱毛症に対する鍼治療の効果が調べられました。検索対象は、PubMed、Cochrane Library、EMBASE、中国・韓国系データベースなど13のデータベースです。英語、中国語、韓国語の文献が検索されています。
最終的に解析に含まれたのは、ランダム化比較試験11件、参加者1,144人でした。ランダム化比較試験とは、治療を受ける群と比較する群をランダムに分けて、効果を比べる研究方法です。症例報告や動物実験よりも、臨床効果を評価しやすい研究デザインであると言われています。
なお、対象となった研究はすべて中国で行われ、中国語で発表されたものでした。
検証された鍼治療には、通常の鍼治療、梅花鍼・七星鍼、火鍼が含まれていました。梅花鍼や七星鍼は、複数の小さな鍼先がついた器具で皮膚表面を軽く叩くように刺激する方法です。一般的な体に刺入する鍼とは少し異なり、脱毛部位の皮膚やその周囲を刺激する治療法として用いられています。火鍼は、加熱した鍼を用いる治療法です。日本の一般的な鍼灸院で広く行われている方法ではなく、刺激量も比較的強い治療です(研究結果をそのまま日本の鍼灸臨床全般に当てはめるのには疑問が残ります)。
比較対象となった治療は、外用薬や局所注射などの西洋医学治療でした。研究の中には、通常の鍼治療だけを西洋医学治療と比べたものや、梅花鍼単独を外用薬と比べたものも含まれています。ただ、今回のレビューで最も多く検証され、統合解析の中心になっていたのは、梅花鍼・七星鍼のような皮膚刺激を西洋医学治療に組み合わせた場合の効果でした。
したがってこの論文は、「鍼灸だけで円形脱毛症を治せるか」を示した研究ではなく、外用薬や局所注射などの治療に鍼刺激を加えることで、治療効果が高まるかどうかを検討した研究に近いものと言えます。
鍼治療にはどのような効果が示されたのか
このレビューで最も多く検証されていたのは、梅花鍼・七星鍼のような皮膚刺激を、西洋医学治療に組み合わせる方法でした。
7件のランダム化比較試験で、梅花鍼・七星鍼と西洋医学治療を組み合わせた群と、西洋医学治療のみの群が比較されました。統合解析では、鍼刺激を併用した群で、症状改善率が高いという結果が示されています。
局所注射との併用についても、上乗せ効果を示す結果が報告されています。3件の研究では、梅花鍼・七星鍼と局所注射を組み合わせた群と、局所注射のみの群が比較されました。統合解析では、併用群の方が症状改善率において有利でした。
一方で、通常の鍼治療だけを西洋医学治療と比較した研究では、有意な差は確認されていません。また、梅花鍼単独と外用薬を比べた研究でも、統計学的な優位性は示されませんでした。今回のレビューでは、鍼灸単独よりも、西洋医学治療に鍼刺激を組み合わせた場合の結果が中心となっています。
火鍼については、外用薬との併用を調べた研究が2件含まれていました。全体としての症状改善率については有意差に至りませんでしたが、1件の研究では、火鍼と外用薬を併用した群で、発毛までの時間が短かったと報告されています。
生活の質については、DLQIという皮膚疾患に関連する評価尺度を用いた研究で、梅花鍼と局所注射を併用した群に改善が示されました。しかし、髪の見た目に対する満足度を評価した別の研究では、統計学的な差は確認されませんでした。生活上の負担と、見た目への満足度は近いようで別の評価項目であり、今回のレビューでは前者に改善が示されたと言えます。
安全性について
鍼治療の安全性については、11件中10件の研究で有害事象が報告されていました。
鍼治療群で報告されたのは、痛み、赤み、かゆみ、軽い毛包炎、めまい、吐き気などです。梅花鍼や七星鍼は、脱毛部位やその周囲の皮膚を刺激する治療であるため、治療後に一時的な赤みや軽い痛みが出ることがあります。
一方、西洋医学治療群でも、皮膚萎縮、色素沈着、毛包炎、腹部膨満、かゆみ、睡眠障害などが報告されています。局所注射では、皮膚のへこみや萎縮が問題になることがあります。
また、今回のレビューでは、鍼治療群と西洋医学治療群のいずれにおいても、治療中の重篤な有害事象は観察されていませんでした。
鍼治療が円形脱毛症の改善に関わると考えられる理由
論文内では、鍼刺激が円形脱毛症の改善に関わる作用として、主に3つの可能性が挙げられています。
- 毛包周囲の炎症を抑える
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円形脱毛症では、毛包、そのなかでも特に毛髪の工場ともいえる毛球に対する自己免疫反応が関わると考えられています。鍼刺激は、毛包周囲の炎症性反応を調整し、毛球への免疫細胞による攻撃を軽減する可能性があると論じられています。
- 局所の血流や栄養供給を改善する
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毛髪が成長するためには、毛包に十分な栄養が届く必要があります。その栄養を届けるのは血流です。
梅花鍼や七星鍼のような皮膚刺激は、脱毛部位やその周囲の循環に働きかけ、毛包周囲の血流環境に影響する可能性があります。 - ストレスや不安、緊張状態に働きかける
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円形脱毛症は、自己免疫反応が関わる病気ですが、心理的ストレスが発症や悪化のきっかけになることもあります。また、脱毛が起こること自体も大きなストレスとなり、睡眠の質や緊張状態、自律神経の働きに影響することがあります。
鍼灸には、こうした自律神経に関わる心身の状態を整える作用が期待されます。
なお、今回のレビューは、これらの機序を詳しく調べた基礎研究ではなく、円形脱毛症に対する鍼治療の臨床効果をまとめたものです。そのため、炎症、血流、自律神経などへの作用については、あくまで論文内で考察されたメカニズムであることを理解する必要があります。
とはいえ、本レビューの中心である「病院での治療に鍼灸を併用した場合の上乗せ効果」という文脈で見ると、鍼灸は、毛包周囲の環境や心身の状態を整えることを目指す補助療法として、検討に値する選択肢であるとと言えるでしょう。
この研究の限界
Junらのレビューでは、円形脱毛症に対する鍼治療、とくに梅花鍼・七星鍼を西洋医学治療に組み合わせた場合の有益性が示されました。一方で、この結果をより確かな医学的証明とするためには、いくつかの課題があります。
まずひとつめは、今回含まれた研究はすべて中国で行われ、中国語で発表されたものだったことです。鍼灸が盛んに行われている地域の研究であることは強みでもありますが、医療環境、治療文化、用いられる鍼刺激の種類が、日本の状況と異なる部分が少なくありません。
次に、研究の質にも課題があります。ランダム化の方法、割付の隠蔽、盲検化、研究計画の事前登録など、臨床研究の信頼性を判断するうえで重要な情報が十分に報告されていないものがありました。そのため、エビデンスの確実性は「低い」または「非常に低い」と評価されています。
また、鍼灸治療では、どこを刺激するか、どの程度の強さで行うか、どのくらいの頻度で続けるかが施術結果に少なからぬ影響を及ぼします。しかし、このレビューでは、鍼の部位や刺激量を詳しく比較するところまでは進んでいません。梅花鍼・七星鍼、通常の鍼、火鍼といった治療法の違いについても、今後さらに詳しく検討される必要があります。
そして、再発率や長期経過についても、十分な情報は得られていません。円形脱毛症では、一度発毛しても再発することがあります。そのため、短期的な症状改善だけでなく、発毛後の維持や再発との関係を追った研究も重要になります。
つまり、このレビューは、円形脱毛症に対する鍼治療の可能性を支持する一方で、今後さらに厳密で大規模な臨床研究が必要であることも示しています。現時点では、「病院での治療に鍼灸を併用した場合、治療効果を高める可能性がある」という段階であり、その有効性をより確かなものにするための研究が待たれます。
まとめ
2026年に発表されたJunらの系統的レビュー・メタ解析では、円形脱毛症に対する鍼治療の効果と安全性が検討されました。対象となったのは、11件のランダム化比較試験、1,144人の患者さんです。
このレビューで中心となっていたのは、梅花鍼・七星鍼のような皮膚刺激を、西洋医学治療に組み合わせる方法でした。解析の結果、鍼刺激を併用した群では、西洋医学治療のみの群よりも症状改善率が高い結果が示されています。また、一部の研究では、発毛までの時間短縮や生活の質の改善も報告されました。
安全性については、痛み、赤み、かゆみ、軽い毛包炎などは報告されていましたが、重篤な有害事象は観察されていませんでした。
一方で、研究の質には課題があります。エビデンスの確実性は低い、または非常に低いと評価されており、今後はより厳密で大規模な研究が求められます。
現時点における円形脱毛症に対する鍼灸は、皮膚科治療に替わるものではなく、併用することで上乗せの効果を狙う補助療法として位置付けることができると考えられます。
【参考文献】
Jun JH, Lee HW, Choi TY, Lee MS. Acupuncture for treating alopecia areata: A systematic review and meta-analysis. Medicine (Baltimore). 2026 Mar 20;105(12):e48073.
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