【2025年最新】小児チック症に対する鍼治療の可能性と安全性【論文紹介】

　チック症とは、まばたきや顔をしかめる、肩をすくめるといった運動チックや、咳払い・鼻鳴らし・単語の発声といった音声チックがくり返し現れる状態を指します。
　学齢期に目立ちやすく、症状の強さは波のように増減します。有病率（ある時点で集団の中にどれくらいの患者がいるか）はおおむね6〜20％と見積もられており、決してまれではありません。
　病態の背景には、運動の開始や制御に関わる脳内ネットワークである「皮質‐線条体‐視床‐皮質回路（CSTC回路）」のバランスの乱れが考えられています。動きや意欲と関連する神経伝達物質ドーパミンのシグナルが相対的に強まり、抑える側の働きが弱まると、意図しない動きや声が出やすくなると説明できます。
　治療の基本は、まず家族や学校に向けた情報提供と環境調整を行い、チックの前ぶれに気づいて別の行動に置き換える行動療法（CBIT）を組み合わせ、必要に応じて薬物療法を併用します。ただし、症状が長引きやすい病気であるため、薬を長期間使う際の体重増加や眠気、動作のにぶさ、血圧や脈拍への影響など、副作用への配慮が必要になるとされています。

　チック症に対する標準治療以外の施術手段として、鍼灸は古くから行われています。また、効果に関する科学的な評価の試みも、多く行われています。
　今回は、チック症と鍼灸治療に関する最新の報告の中から、Liu ら（2025）がまとめた「小児チック障害に対する鍼治療の有効性・安全性に関する最新レビュー」を分かりやすく紹介します。

個別の診断や治療の判断は、必ず主治医とご相談ください。

鍼治療の基本と期待できる点

　Liu ら（2025）では鍼治療を、「細い針で体の特定部位（経穴＝ツボ）を刺激し、からだ全体のバランスを整えることを目指す方法」として位置づけています。同レビューによると、経穴は神経・筋膜・血流などが集まりやすい反応点と理解するとイメージしやすい、と説明されています。また、刺鍼時に「重い・響く・だるい」といった独特の感覚（得気：Deqi）が生じることがあり、伝統的には治療が効き始めたサインとされるが、感じ方には個人差があるとも述べています。

　なぜチックに効く可能性があるのかについては、次のような機序が「可能性」として整理されています。

• ドーパミンの偏りに揺り戻しをかけて常同行動を抑える可能性
• 運動や情動の制御に関わる中枢ネットワークの働きを整える可能性
• 腸内細菌叢（腸内フローラ）の構成や代謝が脳の炎症・ストレス反応に影響するという知見を踏まえ、鍼が腸内環境の変化や神経炎症の緩和を介して症状に良い影響を及ぼす可能性

　Liu ら（2025）の報告においては、これらはいずれも「こうした働きがあり得る」段階であり、因果関係の断定には今後の研究が必要だと明記されています。

どれくらい効くのか

　Liu ら（2025）のレビューは、22件のランダム化比較試験（RCT）などを統合して、鍼治療の有効性と安全性を評価しています。
　総括として、薬物療法単独と比べると、鍼治療のほうが全体的な有効性が高い傾向が示され、チックの頻度・強さ・日常生活への影響を総合的に評価して数値化する「イェール全般的チック重症度尺度（YGTSS）」も、より大きく低下（改善）する傾向が示されました。さらに、有害事象の発生率は低く、再発も少ない傾向が見られています。
　また、発症から12か月未満のチック症を対象とした検証では、局所の鍼治療が薬物療法よりも高い成功率を示した例があり、早期介入で慢性化を防ぐ可能性が示唆されました。音声チックのある小児において、従来治療に鍼を組み合わせることで、従来治療のみよりも追加的な改善が見られたという報告も注目すべき点です。
　手技面では、頭皮鍼（SA：Scalp acupuncture）の施術時間を30分と2時間で比べた場合に有効性の差は少なかったとする報告があり、短時間の通院で済むため取り入れやすい可能性が示されました。さらに、岐黄鍼療法（QHN：Qihuang Needle Therapy）のように不快感を抑え、短い留置で反応を狙う新しい手法の報告も増えていますが、この領域はなおRCTの蓄積が限られており、評価は進行中とされています。

　一方で、レビューでは限界も明確に述べられています。
　鍼治療は偽薬（プラセボ）を作りにくく盲検化が難しいこと、対象者数が少なく追跡期間が短い研究が多いこと、使用するツボや頻度、他治療との併用などの方法が研究間で統一されていないことなどが主な制約として挙げられ、長期的な有効性や、どのツボをどのくらいの回数・期間で用いるのが最適かを確かめるためには、より質の高い研究が必要だと結論づけています。

ランダム化比較試験（RCT）：
患者を無作為に分け、治療を公平に比較する設計で、臨床研究の中でも信頼度が高い方法の一つ。
盲検化：
参加者や研究者、評価者などが、どのグループに割り付けられているかを知らない状態にすること。無意識の思い込みが結果に与える影響を減らすことができる。

安全性について

　安全性の観点では、Liu ら（2025）は熟練した施術者が標準的な衛生管理のもとで使い捨て鍼（ディスポーザブル）を用いれば、重い有害事象はまれであると報告しています。実際にみられ得るのは、刺した部位の痛みや赤み、点状出血や小さな内出血（青あざ）、施術当日の眠気やだるさといった軽い反応で、これらは通常一過性であり、安静や水分摂取により治まります。鍼に対する強い恐怖心がある場合や、出血傾向、重い皮膚疾患がある場合は、主治医への事前の相談と慎重な判断が欠かせないとされています。

どのツボを使うのか—頻用される経穴と手技のバリエーション

　施術に用いられる経穴は、症状の出方（運動チックか音声チックか）、睡眠や不安の有無、体質などによって選ばれます。よく挙げられる例として、頭頂部の百会穴、うなじ部の風池穴、手の合谷穴、前腕の内関穴、足部の太衝穴、下腿の三陰交穴などがあります。
　手技には、これらを個別に組み合わせる体鍼に加えて、運動や言語など脳機能の領域に対応する頭皮部位を刺激する頭皮鍼があります。岐黄鍼療法（QHN）は、不快感を抑えつつ短い留置で反応を狙う手法として取り上げられていますが、評価のためのエビデンスは今まさに積み上がっている段階とされています。

併存症（ADHD・OCD・不安）との関係

　チック症では、注意欠如・多動症（ADHD）、強迫性障害（OCD）、不安症などの併存が少なくありません。Liu ら（2025）レビューの主眼はチック症状そのものの改善ですが、鍼治療が不安やこだわりの負担を同時に軽くする可能性を示す報告も取り上げられています。もっとも、ADHDの核心症状に対する一次的効果は慎重に評価する必要があり、学校での支援やCBIT、必要に応じた薬物療法と並走させる現実的な計画づくりが求められます。

まとめ—保護者の方へ

　鍼治療は、薬だけに頼らないもう一つの選択肢として位置づけられます。
　Liu ら（2025）のレビューでは、YGTSSを含む症状の改善、安全性の良好さ、再発の少なさが示唆されました。発症早期の暫定チックや音声チックが目立つケースでは、相対的な利点が見込める可能性があります。
　他方で、長期効果や手順の標準化は研究途上であり、収載研究の多くが短期（数週）での評価を採用している点は念頭に置く必要があります。臨床でも、この枠組みを参照して数回から数週間の反応を客観指標（例：YGTSS）で確認しつつ、必要に応じて治療内容を見直していくことになるでしょう。
　過度な期待を避け、標準治療（心理教育・CBIT・必要に応じた薬物療法）と賢く組み合わせながら、主治医・施術者と相談して進めていくのが現実的と言えます。

【参考文献】
Liu H, Wang C, Zhang H, Rezaei MJ. Exploring acupuncture as a therapeutic approach for tic disorders: a review of current understanding and potential benefits. Front Neurol. 2025 Mar 14;16:1447818. doi: 10.3389/fneur.2025.1447818. PMID: 40162008; PMCID: PMC11949814.

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